08 いい人だから好き
ミネルバは自分の部屋に戻ると鏡を覗き込んだ。
アレクサンダーに話したのはほんの一部だ。
お茶会に毎回同席する妹。お茶会半ばで自分を置いて二人で出かけること。
ささいなことだから、そんなことを愚痴るのは恥ずかしくて言えなかった。
どんどん、思い出してくる。そしていつしか母とのことも。
ほとんど出来上がった刺繍をフローラにあげなさいと言われたこと。
フローラはそれを学院の課題として提出して褒められた。
ベッドの端に腰を下ろすと続きを思い出した。
母が言った。
「ミネルバ、その刺繍はもう少しで終わるでしょう」
「はい」
わたしが答えると、母は軽くうなずいた。
「フローラにあげなさい」
わたしは少し驚いた。
「学院の課題があるそうなの。フローラは忙しいから、あなたが助けてあげなさい」
わたしはうなずいた。
「わかりました」
フローラは当たり前の顔だった。
「お姉さま、ありがとう」
「いいのよ」
わたしは笑うしかなかった。優しい妹思いの姉はそうするのだ。
それから数日後。
学院から帰ったフローラは、とても嬉しそうだった。
「先生に褒められたの!」
フローラが言う。
「とても細かくて綺麗だって」
母が言う。
「まあ、それはよかったわ」
父も言う。
「さすがフローラだ」
その日の夕食は、少しだけ豪華だった。
上手に刺繍したフローラのお祝いだと言って。
わたしはその席で、黙っていた。
――そして、また別の記憶。
お茶会に三人で招待された時のこと。
母がドレスを選んでいた。
フローラには淡い水色のドレス。
わたしには濃い灰色を選んだ。
他にたくさんあるのに、灰色を選んだ。
母でさえ、そんな色は着ない。
「ミネルバは落ち着いた色が似合うわ」
そのとき、フローラが言った。
「お姉様は……地味ですものね」
母は笑った。
「フローラはわかっているわね」
そして言った。
「でもミネルバは姉なのだから、フローラを引き立てないと」
わたしはうなずいた。
「はい」
お茶会の席で誰かが言った。
「上のお嬢さんはずいぶん、地味なものをお召ですね」
「なにを着ても似合いませんので、地味な格好をさせていますの」
ミネルバはベッドに横になった。
天井を見つめる。
思い出は、まだ終わらなかった。
また別の場面が浮かぶ。
小さかったころ。
母が来客に言った。
「こちらがフローラです」
母が嬉しそうに言う。
「とても可愛いでしょう」
客人はフローラを抱き上げた。
「まあ、本当に」
そのあと母が言う。
「こちらが姉のミネルバです」
「しっかりしているのよ」
そのとき、客人は笑った。
「まあ、頼もしい」
わたしの頭を軽くなでた。
それだけだった。
ミネルバはゆっくり目を閉じた。
不思議だった。
思い出すと、胸が痛くなるはずなのに。
今は、そうでもない。
静かな避暑地の夜。
窓の外では風が木を揺らしている。
そして、ふと今日のことを思い出した。
湖の前で立ち止まったアレクサンダー。
そして言った言葉。
「あなたを手放したのは……向こうの損失ですよ」
ミネルバは小さく息を吐いた。
「……変な人。でも……好きだわ」
好きって言葉がすんなり出てうろたえたけど
「いい人だから……好きよ」
そうつぶやくと、なぜか少しだけ笑ってしまった。
それから、ようやく眠りが近づいてきた。
いつも読んでいただきありがとうございます!
誤字、脱字を教えていただくのもありがとうございます。
とても助かっております。
楽しんでいただけましたら、ブックマーク・★★★★★をよろしくお願いします。
それからもう一つ、ページの下部にあります、「ポイントを入れて作者を応援しよう」より、ポイントを入れていただけると嬉しいです。
どうぞよろしくお願いいたします。




