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春の避暑地  作者: 朝山 みどり


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7/12

07 ミネルバの話


店を出ると、少し通りを散歩したが、季節外れの避暑地は寂しい。


だが、別荘を掃除する人や、お店の準備をする人がちらほら見えた。


「来月になればここは賑やかになるね」


アレクサンダー様が言う。


「えぇ」



アレクサンダー様が少し声を落として言った。


「あなたの事情を……義姉が教えてくれました。よければあなたの口から話してもらえると」


わたしは少し考えてから答える。


「そうですね……考えてみると、誰にも話したことがありませんでした」


「わたしでよければ、話してみませんか?」



すると彼はふっと空を見上げた。


「あぁ、しまった。もっと遠回りすればよかった」


アレクサンダーが少しおどけて言った。


わたしは思わず笑った。


「そんなに長い話ではありません」


「それは残念です。長く歩きたかった」


アレクサンダーが肩をすくめる。


「長い話のほうが、散歩にはちょうどいい」


少し歩きながら、わたしは言った。


「……婚約者が妹を好きになりました」


それだけ言うと、少し沈黙が落ちた。


アレクサンダーは何も言わない。


ただ、わたしの言葉を待っている。


「父も母も、妹の気持ちを大事にしました。それで婚約は解消されました」


わたしは軽く肩をすくめる。


「それだけです」


しばらく歩く。


砂利を踏む音だけが続いた。


やがてアレクサンダーが言った。


「あなたは……怒らないのですね」


「怒る理由がありません」


わたしは答える。


「好きな人と結婚したいと思うのは、普通のことですから」


少しだけ笑う。


「それに」


湖の方を見る。


「今の生活のほうが、ずっと好きです」


アレクサンダー様が足を止めた。


わたしもつられて止まる。


彼は少し考えるような顔をしてから言った。


「あなたは」


「怒っていいと思いますよ」


わたしは首を横に振る。


「怒っても何も変わりません」


少し風が吹いた。


避暑地の空気は澄んでいる。


「それに」


わたしは小さく笑った。


「ここへ来てから、よく眠れるようになりました」


アレクサンダー様はしばらく黙っていた。


それから、静かに言う。


「なるほど」


「あなたを手放したのは……向こうの損失ですよ」


思わず彼を見る。


アレクサンダー様は真顔だった。


冗談ではないらしい。


「そうでしょうか」


「えぇ」


アレクサンダーが言う。


「百人に聞いても同じ意見だと思います」


その言葉は、驚くほど自然に言われた。


まるで当たり前のことを言うように。


風が湖から吹いてくる。


水面がきらきら光っていた。


わたしはなぜか、少しだけ言葉に困ってしまった。


その様子を見て、アレクサンダー様が笑う。


「すみません」


「商人は、思ったことをすぐ口にしてしまう」


「でも」


少しだけ真面目な声になる。


「あなたは、もっと大事に扱われるべき人だと思います」


わたしは答えなかった。


ただ、湖の光を見ていた。


胸の奥に、静かな波が立った気がした。


それが何なのか、まだよくわからなかった。



いつも読んでいただきありがとうございます!


誤字、脱字を教えていただくのもありがとうございます。

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