04 アレクサンダー
夫人とマーガレットとわたしは、毎朝とても早く起きる。
まだ庭に朝露が残っている時間だ。
冷たい空気を吸い込みながら厩舎へ行き、三人で馬に乗る。そして付近の森で、一駆けしてから朝食をとる。
最初の日、乗馬はとても楽しかったのだが……
馬に乗っている間は平気だったのに、降りた途端、足が自分のものではないようになった。
ふらふらと歩いてしまい、ついによたよたとした足取りになる。
それを見たマーガレットが吹き出した。
「ミネルバがそんなふうになるなんて……なんだか安心しました」
マーガレットが口元を押さえながら言う。
「ミネルバって、なんでもすましたお顔でこなしてしまわれるし、馬を駆るのもお上手で……でも……」
そこで慌てて両手を振る。
「馬鹿にしてませんし! 失礼なことを申し上げたけど、その、安心したってことを言いたくて」
わたしは思わず笑った。
「大丈夫ですよ」
少し足をさすりながら言う。
「褒められたと思います」
夫人がその会話を聞いて、楽しそうに笑っていた。
「でもミネルバ、乗馬の腕前はたしかですね」
夫人が紅茶を口に運びながら言う。
「マーガレットの先生にしておくのがもったいないくらい」
「そんなことはありません」
わたしは首を横に振った。
この家での生活は、穏やかだった。
そして、ある朝のこと。
夫人がふと思い出したように言った。
「そうだ、来週、主人と主人の弟が遊びに来ます」
マーガレットがぱっと顔を上げた。
「お父様が?」
「ええ」
夫人がくすっと笑う。
「主人たら早く来たいから急いで仕事を片付けたようなのよ」
マーガレットは嬉しそうに身を乗り出した。
「楽しみ!」
その顔は、年相応の少女そのものだった。
――そして、数日後。
ローハン様がやって来た。
屋敷の前に馬車が止まり、扉が開く。
マーガレットは待ちきれなかったらしい。
玄関から飛び出すようにして駆けていった。
「お父様!」
ローハン様が笑いながら腕を広げる。
マーガレットはその胸に飛び込んだ。
「よくいらしたわ。待ってました」
彼は娘の頭を優しく撫でた。
「そんなに会いたかったのか」
「もちろんです」
「仕事を頑張った甲斐があった」
もう一人の男性が降りてきた。
マーガレットはすぐに気づいて
「叔父様!」
今度はそちらに抱き着く。
「会いたかったわ」
男性は驚いたように笑った。
「そんなに歓迎されるとは思わなかったな」
賑やかな挨拶がひとしきり続いたあと、ローハン様が咳ばらいをした。
「紹介しよう」
こちらを向く。
「末の弟のアレクサンダーだ。自分で商会を起こして忙しくしてる」
アレクサンダーと呼ばれた男性は、軽く頭を下げた。
わたしも一歩前に出る。
「初めまして」
スカートを整えて礼をする。
「ミネルバ・スペードと申します。ご令嬢の勉強のお手伝いをしております」
男性はまっすぐこちらを見た。
「初めまして」
穏やかな声だった。
「アレクサンダー・ローハンです」
そのとき。
彼の青い目が、まっすぐこちらを見た。
深い湖のような青。
その視線に触れた瞬間、静かだった心に小さなさざなみが立った。
それが何なのか。
そのときのわたしには、まだわからなかった。
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