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春の避暑地  作者: 朝山 みどり


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3/10

03 避暑地へ.


午後のサロンは、やわらかい光に満ちていた。


ローハン夫人と、その娘マーガレット嬢。

二人と過ごす時間は、いつも静かで穏やかだ。


ガーベラ伯母さまのところへ行った時のトランクを持って、玄関を入ったわたしを


「あぁ、先生、待ってました。これからミネルバお姉様と呼んでいいですか?」


「それは、ミネルバ様のおねえさまでは、ないですから……」


「え――いいですよね。お母様。どうでしょうか?」


「う――ん。いっそ、ミネルバとお呼びすれば、それだと少し年上のお友だちみたいでしょ」


「先生、それでいいですね。わたし……わたくしのことはマーガレットと呼んでください」


「いえ、それは」


「ミネルバ、ごめんなさいね。うちのお嬢さん、言い出したら聞かないのよ。でもね、あなたのことを慕って、尊敬してるのも本当なのよ」


胸の奥が熱くなり、思わず涙がにじみそうになった。


「光栄です。どうぞ、ミネルバと呼んでください。マーガレット」


「良かった――」とマーガレットに抱き着かれた。


しばらくしたら、わたしあての荷物が届いた。


ガーベラ伯母様がドレスを下さったのだ。


【古いデザインだけど、今、これを着こなせるのはあなただけです。あなたに本当に似合うと思います。着てくれたら幸いです】


わたしは、ドレスを胸に抱いて伯母様を思った。



最初は、ただ字を教えるだけのつもりだった。


けれど最近は違う。


字の練習をしたあと、一緒に本を読んだり、台所でお菓子を作ったりもした。


今日は、焼き菓子の匂いがまだ部屋に残っている。


マーガレットが嬉しそうに言う。

「ミネルバ、今日はうまく焼けましたね」



「ええ、とてもきれいに焼けています」




焼き菓子は、ローハン様にもとても好評だった。


ローハン様が笑いながら言った。

「これは本当にマーガレットが作ったのか?」


「はい」


わたしが言うと、ローハン様は心から驚いた顔をしていた。


「これは素晴らしい。娘の作った焼き菓子を食べられるとは」


本当に嬉しそうに食べていた。



正直に言えば、最初は迷った。


令嬢が台所に立つなんていいのだろうかと。


けれど夫人は気にしていない。


むしろ楽しそうだった。


夫人が紅茶を飲みながら言う。

「新しい時代が全部いいとは思わないけど」


「服を一人で着たり、髪を結ったり。そういうことは出来たほうがいいと思うのよ」



マーガレットも真剣な顔でうなずいている。


たしかに、そうかもしれない。


令嬢は何もできなくてもいい。


そういう考え方も、いままでの貴族には多かった。


けれど、自分でできることが増えるのは、悪いことではない。



「それでね」


夫人がふと思い出したように言う。



「今年はちょっと早いけど避暑地に行こうと思うの」


わたしは顔を上げた。


夫人は楽しそうに続ける。


「まだ人がいない避暑地で馬に乗るのが好きなの」


夫人がわたしを見る。


「乗馬は?」


一瞬だけ迷った。


けれど答える。


「……好きです」



侯爵夫人の顔がぱっと明るくなる。


「よかったわ。行きましょう」


夫人が笑って付け加える。


「夫が寂しがるけど、いいのよ」


マーガレットも嬉しそうだった。


「避暑地! 楽しみです」




ローハン家がわたしに払ってくれている給料が、高いのか安いのか。


正直なところ、よくわからない。


けれど、少なくとも、必要なものは自分で買える。


それだけは確かだった。


わたしは、自分で乗馬の服を買った。


靴も、自分で選んだ。


実家にいたころなら、考えられないことだった。


何を着るか。何を買うか。


すべて母が決めていた。


けれど今は違う。自分で選べる。


そのことに、まだ少しだけ戸惑う。


そして、ふと思う。


「新しい時代」と言葉が嫌いだった。


社交界で、軽く口にされる言葉。言う人は優越感を持ってそれを口にする。


それを聞くたびに、胸のどこかが冷たくなっていた。


けれど今、この家での生活を思う。


自分で服を選んだ。自分で靴を買った。


誰かに字を教え。


誰かと一緒にお菓子を作る。


もしこれが「新しい時代」なのだとしたら――

それは、案外悪くないのかもしれない。


いつも読んでいただきありがとうございます!


誤字、脱字を教えていただくのもありがとうございます。

とても助かっております。

楽しんでいただけましたら、ブックマーク・★★★★★をよろしくお願いします。

それからもう一つ、ページの下部にあります、「ポイントを入れて作者を応援しよう」より、ポイントを入れていただけると嬉しいです。


どうぞよろしくお願いいたします。



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