春の岩場
冬が来て、冬が去った。
シルは約束通り、毛布を持っていった。レンは最初、これは何だと言った。シルが説明すると、しばらく触って、それから羽根より温かいと言った。それだけだった。でもその冬、洞穴に行くたびに、毛布はきちんと畳んで岩棚に置いてあった。
祖母のスープは、冬の間も続いた。
十二月のある朝、祖母が台所で倒れた。大事には至らなかったが、しばらく寝込んだ。その間、シルがスープを作った。やはりまずかった。レンは一口飲んで、何も言わなかった。でも全部飲んだ。
「まずかっただろ」
「……慣れた」
それはまずいという意味だとシルにはわかったが、何も言わなかった。
春になった。
雪が解けて、平原の草が青くなり始めた頃、シルはいつものように山へ向かった。籠の中には、祖母が作ったスープが入っていた。祖母はすっかり元気になっていた。
麓に着くと、レンはもういた。
でも今日は、いつもと違った。
レンが、山の外に立っていた。
木々の境目より、少しだけ外側に。裸足の足が、平原の土を踏んでいた。
シルは足を止めた。
「レン」
「来た」レンは言った。
「お前、外に出てるぞ」
「わかってる」
「大丈夫か、何か壊れたりしないか」
「今のところ、何も壊れていない」レンは足元を見た。それから平原を見た。広い、青い、春の平原を。「思ったより、広いな」
シルは笑った。
「そうだろ。もっと広いぞ、先に行くと」
「知ってる」レンは言った。「お前に聞いた」
「聞いたのと見るのは違うだろ」
レンは少し黙った。
「違う」静かに認めた。「全然、違う」
二人はしばらく並んで立っていた。春風が吹いた。レンの翼がゆるく揺れた。平原の草が波のように揺れた。遠くで羊の声がした。
「なあ、レン」
「なんだ」
「少しだけ歩くか、平原を」
レンは答えなかった。
でも歩き始めた。
シルの隣に並んで、裸足で、平原を歩いた。草が足に触れた。レンは一度だけ、足元を見下ろした。それから前を向いた。
二人は何も話さなかった。
ただ歩いた。
しばらく歩いて、二人は振り返った。山が見えた。神の山が、雲をまとって、遠くに見えた。
「小さく見えるな」シルは言った。
「小さくない」レンは言った。「遠いだけだ」
「同じじゃないのか」
「違う」レンは山を見たまま言った。「小さいのと、遠いのは、違う」
シルはレンの横顔を見た。山を見るレンの目は、岩場から平原を見下ろしていたときの目と同じだった。遠くにあるものを、ちゃんとそこにあると知っている目だった。
「戻れるか、ちゃんと」
「戻れる」レンは迷わず言った。「あそこは俺のいる場所だから」
「そうだな」
「でも」レンは少し間を置いた。「たまには、こっちにも来る」
シルは前を向いた。笑いをこらえた。こらえきれなかった。
「毎日来てもいいぞ」
「毎日は来ない」
「なんで」
「お前が山に来なくなる」
シルは笑った。声に出して笑った。レンは笑わなかった。でも怪訝な顔もしなかった。ただ、シルが笑うのを、静かに見ていた。
笑い方を、少しずつ覚えているような目で。
その日の夕方、岩場に二人で座った。
夕陽が平原を染めていた。橙色と赤が混ざって、遠くの空が燃えているようだった。
「綺麗だな」シルは言った。
「毎日見てる」
「俺は毎日は見られないから、新鮮だよ」
レンは少し黙った。
「そうか」静かに言った。「では俺が、毎日見ておく」
シルはレンを見た。
「お前の代わりに」レンは続けた。「俺はここにいるから、毎日見ておく」
胸がじんとした。シルは前を向いた。夕陽を見た。
「頼んだ」
「ああ」
風が吹いた。
二人の影が、岩場に長く伸びた。一人は翼があって、一人はなかった。でも影の長さは、同じだった。
夕陽が沈んだ。
空が、深い青になった。
星が一つ、出た。
「レン」
「なんだ」
「来年の春も、平原を歩くか」
レンはすぐには答えなかった。
空を見ていた。星を見ていた。雲の上まで飛べる空を、今日は下から見ていた。
「ああ」
それだけだった。
でもその一言が、約束になった。
来年も、その次の年も、春になればまた歩く。平原を、二人で。山が遠くに見える場所を。
それだけで、十分だった。




