緊張
「隠れろ」とレンが言った。
「お前は」
「ここにいる」
「一緒に隠れよう」シルはレンの腕を掴んだ。「戦う必要はない、逃げればいい」
「逃げてどうする」レンはシルを見た。「また追ってくる。明日も、明後日も。お前の村まで来るかもしれない」
シルは息を呑んだ。
「お前を、巻き込みたくない」
「もう巻き込まれてる」シルは言った。「三十日前からずっと」
レンは何も言えなかった。
門が軋んだ。蔦が引きちぎられる音がした。兵士たちが門をこじ開けようとしていた。石畳の向こうで、別の声がした。今度は西国の言葉だった。東国と西国、両方が来ていた。
「レン、一つ聞いていいか」
「なんだ」
「お前は守りたいか、この山を」
レンは迷わなかった。
「守りたい」
「じゃあ守る意志がある。力は守るために使える」シルはさっき読んだ石の板の言葉を思い出した。「守る意志があれば癒しとなり——」
「奪う意志があれば破壊となる」レンは続けた。「でも俺は、破壊したくない」
「しなくていい」
「どうやって」
シルは考えた。兵士を傷つけず、でも追い払う方法。力で脅すのではなく、でも力を見せなければ引かない。
「見せるだけでいい」シルは言った。「お前が何者か、この山が何なのか。それだけ見せれば——」
門が開いた。
光が広場に差し込んだ。
東国の兵士が五人、入ってきた。鎧を着て、剣を持っていた。先頭の男がシルとレンを見て、目を細めた。子供だと思っただろう。でも次の瞬間、レンの翼を見て、足を止めた。
「いたぞ」男が後ろに向かって叫んだ。「翼の子供だ」
後ろからさらに人が入ってきた。東国の兵だけじゃなかった。西国の兵も来ていた。互いに顔を見合わせたが、今は共通の目的があった。
レンを取り囲むように、広がり始めた。
シルはレンの前に出た。
「どけ、小僧」先頭の男が言った。「怪我したくなければ」
「ここは神の山だ」シルは言った。声が震えた。でも続けた。「東国も西国も、ここには入れない。昔からそう決まっている」
男は鼻で笑った。
「昔の話だ。今は違う」
「違わない」
男の目が冷たくなった。一歩踏み出した。シルは動かなかった。
そのとき、レンが前に出た。
シルの肩を軽く押して、自分が前に立った。翼をゆっくりと、広げた。
広場が、静かになった。
誰も動かなかった。
レンの翼は、朝の光を受けて白く輝いた。大きかった。洞穴の上で見たときより、ずっと大きく見えた。広場の石畳に影が落ちた。翼の影が、兵士たちの足元まで届いた。
誰かが、息を呑む音がした。
レンは何も言わなかった。ただ立っていた。でもその立ち方が、今まで見たことのない立ち方だった。山の奥に縮こまっていた子供ではなかった。石の板に刻まれていた、守護者の姿だった。
先頭の男が、剣を構えた。
「怯むな、子供だぞ」
でも誰も動かなかった。
レンが右手を上げた。
広場の中央の石が、光った。
ぼんやりとした、白い光だった。朝の光とは違う、内側から出てくるような光だった。石畳の苔が、光に触れた部分だけ、緑を取り戻した。崩れかけた壁の石が、一つ、また一つと、元の場所に戻るように動いた。
壁の彫刻が、光の中に浮かび上がった。
翼の種族が、何十人も、壁の中で動いているように見えた。
兵士の一人が、剣を落とした。金属音が広場に響いた。
「化け物だ」誰かが言った。
「違う」シルは言った。「守護者だ。この山の、この土地の、守護者だ。東国も西国も、何百年もこの山に守られてきた。それを忘れたのか」
誰も答えなかった。
でも誰も動かなかった。
先頭の男が、じりじりと後退した。誰かに気づかれないようにしているつもりだろうが、シルには見えた。恐怖だった。理屈ではなく、体が感じる恐怖だった。
レンが手を下ろした。
光が、ゆっくりと消えた。
広場が静かになった。中央の石は元の石に戻っていた。でも苔だけは、緑のままだった。
先頭の男が、踵を返した。
「引くぞ」低い声で言った。
誰も反論しなかった。
足音が遠ざかった。門を抜けた。やがて完全に聞こえなくなった。
広場に、シルとレンだけが残った。
レンは翼を閉じた。力が抜けたように、少し肩が下がった。シルはレンのそばに駆け寄った。
「大丈夫か」
「疲れた」
「怪我は」
「ない」
シルはほっと息をついた。それからレンの顔を見た。レンは広場を見ていた。苔が緑を取り戻した石畳を、中央の石を、壁の彫刻を。
「お前、今何をしたんだ」
「わからない」レンは静かに言った。「でも、できた」
「怖くなかったか」
レンは少し考えた。
「怖かった」今度ははっきりと言った。「でもお前がいたから、できた」
シルは何も言えなかった。
レンがシルを見た。
「お前が言った。一人じゃないから、と」
「うん」
「そうだったから、できた」
広場に風が吹いた。壁の彫刻が、風に揺れる木漏れ日の中で、また少し動いたように見えた。
シルは笑った。
レンは笑わなかった。でも今度は、笑わない理由が違った。
どう笑えばいいか、まだわからないのだ。
それでいい、とシルは思った。
これから教えればいい。
では書きますね!嵐の前の静けさと、次の波が来る場面です。
兵士たちは戻ってこなかった。
その日は。
シルは日が暮れる前に山を下りた。父との約束があったから。レンは門の前まで送ってきた。いつもの山の出口ではなく、石造りの広場の門だった。二人とも、それを当たり前のように受け入れていた。
「また明日来る」
「来なくていい」
「来る」
レンは何も言わなかった。でも止めなかった。
シルは走って帰った。平原を駆けながら、振り返った。山はいつもと同じ顔をしていた。雲をまとって、ただそこにあった。
でも今日から、シルにとってあの山は別のものだった。
家に帰ると、父が外で待っていた。
何も言わなかった。シルの顔を見て、無事を確かめて、それだけだった。母は夕飯を温め直してくれた。祖母は自分の部屋から出てこなかった。
夕飯の後、シルは祖母の部屋へ行った。
祖母は窓の外を見ていた。北の方角を。
「ただいま」
「おかえり」祖母は振り返らなかった。「何かあったかい」
シルは祖母の隣に座った。今日起きたことを、全部話した。石造りの広場のこと、石の板のこと、守護者の誓いのこと、種族が滅んだ理由のこと。兵士が来たこと、レンが力を使ったこと。
祖母は黙って聞いていた。
全部話し終えると、祖母は長い間黙っていた。
「やっぱりそうだったかい」
「知ってたのか」
「全部じゃない」祖母はゆっくりと言った。「でも、薄々はね」祖母の皺だらけの手が、膝の上で組まれた。「私が会った子も、同じだった。翼があって、一人で、山の外を知らなかった。スープをあげたら、美味かったと言った」
シルは息を呑んだ。
「同じだ」
「同じだよ」祖母は静かに笑った。「何十年経っても、あの子たちは変わらないんだろうね。一人で、寂しいかどうかもわからなくて、でも山を守っている」祖母の目が遠くなった。「私はあの子に何もしてやれなかった。怖くて、すぐに山を出てしまったから」
「おばあ」
「だからお前に言ったんだよ」祖母はシルを見た。「飯を持っていってやりな、って」
シルは祖母の手を握った。祖母の手は小さくて、冷たかった。
「兵士たちは、また来るかな」
「来るだろうね」祖母は迷わず言った。「人間は、力のあるものを放っておけない。昔からそうだ」祖母は少し間を置いた。「でもシル、お前はどうしたい」
シルは考えた。
レンを守りたかった。山を守りたかった。でも自分は十歳の、牧場の子供だった。剣も持てない、力もない。できることなんて、何もないかもしれない。
でも。
「レンは一人じゃないって、わかってほしい」シルは言った。「それだけでいい。それだけで、あいつは変わるから」
祖母はしばらくシルを見ていた。それから深く頷いた。
「そうかい」
それだけだった。
三日間、兵士たちは来なかった。
シルは毎日山へ行った。レンと岩場に座って、平原を見下ろした。東の方角に、遠く兵の動きが見えることがあった。でも山には近づかなかった。
「怖がってるんだろ、あいつら」シルは言った。
「一時的だ」レンは言った。「必ず戻ってくる。今度はもっと多く」
「わかってる」
「怖くないのか」
シルは少し考えた。
「怖い。でも考えても仕方ないだろ、来てから考える」
レンは呆れたような顔をした。でも何も言わなかった。
二人はしばらく黙って平原を見ていた。秋が深まっていた。草の色が変わっていた。風が冷たくなっていた。
「なあ、レン」
「なんだ」
「寒くないか、冬」
「慣れた、と言っただろう」
「今年は俺が毛布を持ってくる」
レンがシルを見た。
「毛布とは何だ」
シルは笑った。
「温かいやつだよ。お前が知らないもの、まだたくさんあるな」
レンは少し間を置いた。
「……ある」今度は自分から言った。「まだたくさんある」
それが、レンなりの答えだとシルはわかった。まだ知らないものがある。だからまだ、続きがある。
シルはそれで十分だった。
四日目の朝、父がシルを呼んだ。
顔が険しかった。いつも感情を出さない父が、今日は隠せていなかった。
「村長のところへ使いが来た」父は言った。「東国と西国、両国から正式な書状が届いた」
「何て」
父はシルを見た。
「神の山に、翼の子供がいる。その子供を両国に引き渡せ。さもなければ、この村を戦場にすると」
部屋が静かになった。
母が息を呑む音がした。
シルは立ち上がった。
「それで村長は」
「まだ返事をしていない。三日の猶予をもらった」父はシルの目を見た。「シル、お前はどうするつもりだ」
シルは答えなかった。
答えは決まっていたが、言葉にする前に、まずレンに話さなければならなかった。
シルは走った。
これまでで一番速く、山へ向かって走った。籠も持たなかった。祖母のスープも持たなかった。
麓に着いたとき、レンはもういた。
待っていたのではなかった。レンも知っていた。山の上から、村への使いを見ていたのだろう。その顔が、今まで見たことのない顔をしていた。
怒りでも、恐怖でも、悲しみでもなかった。
覚悟、だった。
「聞いたか」シルは息を切らして言った。
「聞いた」
「レン——」
「わかっている」レンは静かに言った。「俺のせいで、村が危ない」
「お前のせいじゃない」
「俺がいるから、こうなった」
「違う」シルは言った。「力を狙う人間のせいだ。お前は何も悪くない」
レンは答えなかった。
シルはレンの顔を見た。覚悟の色の下に、もう一つ別の色があった。シルはそれを見つけた瞬間、胸が痛くなった。
諦め、だった。
「レン、まさか自分から行くつもりじゃないだろうな」
レンは答えなかった。
「行くつもりか」
「村が守られるなら」
「駄目だ」シルは言った。すぐに、迷わず言った。「絶対に駄目だ」
「なぜ」
「お前を渡したら、連中はお前の力を戦争に使う。破壊のために使う。そうなったらお前はもう、守護者じゃなくなる」シルは続けた。「それに——」
言葉が詰まった。
「それに?」レンが静かに聞いた。
「それに、俺がやだ」
レンは目を瞬かせた。
「俺がやだから、駄目だ」シルは繰り返した。「友達だから。友達がどういうものか、俺が教えるって言っただろ。まだ全部教えてないのに、どこにも行くな」
広場に風が吹いた。
レンは長い間、シルを見ていた。
それから、ゆっくりと言った。
「……どうすればいい」
シルは息を吸った。
「一緒に考える。俺と、おばあと、父さんと。一人じゃないから、きっと方法がある」
レンはまだ迷っているようだった。でも諦めの色が、少し薄くなっていた。
「本当に、方法があるのか」
「わからない」シルは正直に言った。「でも諦めるのは、全部やってからでいい」
レンはしばらく黙った。
風が鳴った。レンの翼が揺れた。
「……わかった」
それだけだった。
でもシルには、その二文字が今まで聞いた中で一番重い言葉に聞こえた。




