第3話 勇者と面談
進路調整局が用意した、
最初の面談相手は 勇者。
思っていた「正しさ」とは
少し違う存在だった。
第3話 勇者と面談
赤の間は、思っていたよりも静かだった。
壁も床も、深い紅色。
血の色というより、夕焼けに近い。
落ち着くはずなのに、胸の奥がざわつく。
椅子が止まると同時に、正面の扉がゆっくりと開いた。
窓の外を眺めて立っていたのは、
一人の青年だった。
なんだか……。
勇者みたいな格好している。
俺より少し年上。
見覚えがあるような、ないような顔。
白い装備は使い込まれているのに、妙に整っている。
「…やぁ…はじめまして、かな」
青年は、少しだけ困ったように笑った。
「僕が、勇者だ。アドレーネ王国から来た。」
……勇者。
思っていたよりも、ずっと普通だった。
「黒野裕之」です」
名乗ると、青年は軽くうなずいた。
「知ってるよ。同じ高校だったから」
その言葉に、胸の奥がひっかかった。
「…え?…あ、会ったこと、ありましたっけ」
「直接はないよ」
青年はそう言ってから、
視線を少しだけ逸らした。
「三年前……。
君がまだ一年生だった頃、少し見かけただけさ」
三年前。頭の中で、曖昧な記憶がつながる。
成績が良くて、問題も起こさず、
教師からの評価も高かった先輩。
ただ、噂になったのは
進路は“未定”のまま、卒業したと聞いた。
「浅野幸太……。」
青年は、静かに言った。
「それが、僕の元の名前だよ。」
胸が、わずかに跳ねたのがわかった。
「…え?…元の名前?じゃあ今は?」
「フレン・アグナス・アンドアドレーネ」
淡々と告げられた名前。日本の名前じゃない。
名前が……変わる、のか?
「三年前に、転生した」
フレンは、赤い壁に並ぶ無数の世界図の中から、
一つの世界へ視線を向けた。
「この世界に、ね」
そこには、【アドレーネ】と記された世界があった。
転生……。
その言葉を、俺はすぐに理解できなかった。
「この世界は、高校までは一つなんだ」
フレンは続ける。
「小学校、中学校、高校。
そこまでは、ほとんど同じ世界を生きる」
……そこまでは?
「でも、高校を終えた瞬間から、世界は分かれる」
フレンは、指で枝分かれするような仕草をした。
「大学に進む世界。就職する世界。
冒険者が必要な世界。勇者が必要な世界。
魔王が必要な世界。薬剤師が必要な世界。」
言葉を失った俺を見て、
フレンは小さく息を吐いた。
「世界線は、数えきれないほどある。
でも、どの世界も“役割”が足りないと成り立たない」
「普通に受験して大学に行く人が殆どなんだけど、稀にパラメータが”特殊”なのが居るらしくてね」
特殊。確かに書類に書いてあったような…。
「勇者が足りなくて滅びる世界。
魔王が足りなくて平和が歪む世界。
村人が足りなくて秩序が崩れる世界。
悪者が足りなくて、憎しみの行き場を失う世界」
胸の奥が、ひやりと冷えた。
「誰かが、その”役”を引き受けなければ、
世界は崩壊しバランスを失ってしまう。」
フレンは、そこで俺を見た。
「だから”進路調整局”があるんだよ」
最初の部屋が、頭に浮かぶ。
「進路調整局は、人生を決める場所ではない。」
「人生を“配置する”場所だ。
だから僕も ”配置” されたんだ。
勇者の足りない世界にね」
配置された……。
「才能だけじゃない。
性格も、恐怖も、逃げ癖も、覚悟。すべは
パラメータによって決められる。」
フレンは、苦笑する。
「それらは、中学生までの積み重ねで、
すでに決められていた」
……そんな。
「それで、今回君の話しを聞いて
面談希望との事で、この世界に帰ってきたんだ。」
…な、…何を言ってるんだ?
世界が?足りない?役割……頭が追いつかない。
「先輩は……なぜ勇者を選んだんですか?」
「なぜかって??決まってる」
フレンは、あっさり言った。
「アドレーネの姫が、可愛かったからだ!!」
俺は、思わず聞いてしまった。
「あぁ、満足している……」
フレンは、まっすぐ俺を見た。
「だが、少し……疲れたかな」
俺は、思わず息を飲む。
「勇者になり、魔王を倒し、世界を救い、
王国で何不自由なく暮らしている。
ただ……その繰り返しだ」
その言葉が、なぜか胸に刺さった。
「君は、僕と同じ顔をしている」
……同じ?
「安定を選びたくて、
でも、何かを求めている。
何かを捨てきれない……そんな顔だ」
胸が、ぎゅっと締めつけられた。
俺は、そんな浮ついたことは考えていない。
……はずなのに。
「お願いがあるんだ、裕之。」
フレンは、悲しそうに訴えかけた。
「……僕を、越えてくれないか?」
俺は思わず視線を逸らし、黒猫を見る。
相変わらず喋ってはくれない。
だが、目は合った。
ただ、すべてを知っているかのような目で、
俺を見ている。
俺は、この状況に戸惑うばかりだった。
「……今日は、ここまでだな」
フレンは、優しい笑みで一礼する。
「次は、魔王との面談になる」
「え……魔王って、
喋れるんですか?」
思ったことを、そのまま口にしてしまった。
「はは、気にするな。
あいつは僕のライバルだ。
二百八十一戦してるが、僕が勝っている」
軽い口調とは裏腹に、
フレンは、また悲しそうに続けた。
「断ち切れない鎖がある。
見えない何かが、この世界にはあって……
僕は、ずっとそれを繰り返している」
胸の奥が、冷たくなる。
「役割を果たすために、
決められた世界で生きるしかない」
フレンは、俺を見つめた。
「裕之……頼む。
僕を超える誰かが現れないと、
僕は、終われないんだ」
その言葉だけで、背中が凍りついた。
何を言われても、頭に入ってこない。
――時間切れ、だろうか。
低い音が響き、強制的に扉が閉まった。
赤の間に、静寂が戻る。
俺は、座ったまま動けなかった。
小さく、息を吐く。
勇者……先輩は、
勇者の人生を、三年間背負い続けている。
その役目を終わらせるために、
俺が……先輩を超える?
簡単に選べるわけがない。
俺は、先輩が可哀想だと、
思ってしまった。
選べない人生なんて、楽しいわけがない。
決められた道は、やっぱり辛いだけだ。
「俺は……どうしたらいいんだよ……」
落ち込む視線の先に、黒猫が佇んでいた。
「黒猫……クロでいいか。
クロ、なんでもいいから、喋ってくれよ」
その瞬間、
聞いたことのない低い声が、耳に響いた。
「名前に、意味なんてない」
……え?
「クロ?
お前……喋れたのか?」
黒猫――クロは、淡々と言った。
「次の相手は、魔王だ。気をつけろ」
椅子が、再び静かにスライドし始める。
“魔王”と面談。
聞いたこともない言葉に、
ただ困惑するしかなかった。
気づけば、
“青の間”の前で、椅子は止まっていた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
勇者は、
世界に必要とされる役割でした。
次回、魔王との面談




