香りを減らす夜の透過皿
プロンプト
登場人物:フレグランスコーディネーター 20代 女性
扉の鈴が、やわらかく鳴る。
若い女性が、静かな足取りで入ってくる。
淡い香りが、風のように残った。
『……ここは、一度きりのお店なんですよね』
「いらっしゃいませ。店長の店は一度きりです。」
サポーターの男が、無言で個人認証カードを受け取る。
義手の指先が静かに光をなぞる。
――職業:フレグランスコーディネーター
――年齢:20代
――香料分類:シトラス・フローラル中心
――嗅覚感度:高
――現在の心理傾向:選択過多による微細な疲労
サポーターの男が頷く。
「店長、今日は“余白”が鍵ですね。」
「うん。香りを扱う人には、味で呼吸を整えてもらおう。」
⸻
《白柑橘と蕪の透過テリーヌ》
白い皿に、ほとんど透明な層。
グレープフルーツの薄皮を丁寧に外し、
甘みを抑えた蕪のピュレと重ねる。
エルダーフラワーのごく微量のジュレで固定。
香りは、立たせない。
あくまで“余白”。
「これは、あなたの嗅覚を休ませる料理です。」
『……香らない、ですね』
「ええ。店長は、あえて引き算をしました。」
一口。
柑橘の苦味がわずかに触れ、
すぐに蕪の水分が溶ける。
残るのは、静かな透明感。
『選ばなくていい味、ですね』
「香りを仕事にする人は、常に“選び続ける”でしょう。」
サポーターの男が、温かな湯気を運ぶ。
⸻
《白胡椒と洋梨の温冷スープ》
冷たい洋梨のピュレの上から、
白胡椒をひと振りした温かなコンソメを注ぐ。
温度差で立ち上がる、ごく淡い香り。
「これは、香りを“追う”のではなく、“待つ”料理です。」
『……追わなくていいんですね』
「香りは、追うと逃げます。待つと、来る。」
彼女は目を閉じる。
湯気が頬に触れ、
白胡椒がほんの一瞬だけ存在を主張する。
『最近、香りを“正解”で選びすぎてました』
サポーターの男が、静かに皿を下げる。
⸻
《無花果と白ワインの静寂コンポート》
ほとんど甘くない。
煮すぎない。
香りを閉じ込めすぎない。
仕上げに、タイムの葉を一枚だけ。
「最後は、選ばない甘さです。」
『……軽い』
「あなたは、香りを構築する人です。
でも今日は、構築しなくていい。」
店内に、香りはほとんどない。
彼女が立ち上がる。
『……明日、香りを“減らす提案”をしてみます』
「それは勇気ですね。」
サポーターの男が扉を開ける。
外の夜気が入る。
「店長の店は、一度きり。
でも、あなたの香りは、何度でもやり直せます。」
彼女は、深く一礼し、去る。
皿の上には、何も残らない。
香りも、後悔も。




