クーリングオフできない夜の決断
プロンプト
登場人物:消費生活アドバイザー 30代 女性
扉の鈴が、乾いた音で鳴る。
一度きりの店。今夜も、迷いを抱えた客がやってくる。
サポーターの男が、義手で静かに椅子を引いた。
「店長、お客様です。」
店長は、差し出された《個人認証カード》を受け取る。
――職業:消費生活アドバイザー
――年齢:30代
――性別:女性
――相談窓口対応件数:月平均120件
店長は小さく頷いた。
「店長、この方は“守る側”の人ですね。では最初の一皿を。」
《契約前の澄明コンソメ》
透明な器に、澄みきったコンソメ。
だが底には、見えないほど細かく刻んだ野菜が沈んでいる。
「店長、この一皿は“読む力”です。」
サポーターの男が、静かにスプーンを置く。
女性は席に着き、言葉を落とした。
『毎日、誰かの“困った”を聞いています。
でも最近、自分が何を信じて選べばいいのか、分からなくなってしまって。』
「店長、契約書は細部に本音が宿ります。
このスープも、透明に見えて、下に旨味が沈んでいる。」
女性は一口、口に運ぶ。
澄んだ味。けれど奥から、じわりと野菜の甘みが広がる。
『……見えないところに、本質がある。
分かっているはずなのに、自分のことになると曇るんです。』
サポーターの男が、静かに次の皿を準備する。
義手が、金属音を立てずに皿を置いた。
《返品できない心のグラタン》
こんがり焼けた表面。
しかし中は、とろりと柔らかい。
「店長、これは“自己責任”の料理です。」
『返品不可、と言われると、どうしても怖くなるんです。
失敗したくない。後悔したくない。』
「店長、ですが人生はクーリングオフ対象外です。
だからこそ、熱いうちに自分の気持ちを確かめる。」
女性はフォークを入れる。
湯気が立ちのぼる。
『……私は、守る仕事をしているけれど。
本当は、自分の選択をもっと信じたいのかもしれません。』
サポーターの男が、小さく頷く。
「店長、最後の一皿を。」
《未来保証のないレモンタルト》
甘さは控えめ。
酸味が、はっきりと輪郭を描く。
「店長、このタルトには保証書は付きません。
けれど、今この瞬間の味は確かです。」
女性は静かに笑う。
『保証がないからこそ、味わう。
相談者にも、そう伝えているはずでした。』
「店長、人は不安をゼロにはできません。
ですが、選ぶ力は誰の中にもある。」
食後、女性はカードを握りしめた。
『明日も、また窓口に立ちます。
でも今日は、自分のために選びます。』
サポーターの男が、義手で扉を開ける。
「店長、本日も一度きりのご来店、ありがとうございました。」
店長は、空になった皿を見つめる。
「店長、守る人にも、守られる時間は必要です。
この店は、また誰かの迷いを一皿に変えるでしょう。」
扉が閉まる。
静かな厨房に、次の気配が満ちていく。




