余白に色を置く手
プロンプト
登場人物:フラワーコーディネーター 40代 女性
扉の上の小さな鈴が、澄んだ音を立てた。
サポーターの男が義手で静かに扉を押さえる。
『……ここは、一度きりのお店なんですよね』
「はい。ここは二度と同じ時間が訪れない店です。ようこそ」
店長は、差し出された《個人認証カード》を受け取る。
――職業:フラワーコーディネーター
――年齢:40代
――好きな花:白いダリア、かすみ草
――最近の悩み:色を選べなくなっている
店長は小さくうなずいた。
「サポーターの男、最初の一皿を」
「了解」
義手が音もなく花弁のような器を運ぶ。
⸻
《白花の静寂テリーヌ》
白身魚とカリフラワーを重ね、層のあいだにかすみ草を模した細い大根の糸。
中心には、白いダリアを象った百合根の花。
湯気は立たない。
けれど、白の濃淡が語る。
「店長は、あなたの“白”を料理にしました」
『……白は、無難な色だと思われがちです。でも、本当は一番難しい』
「ええ。白は逃げではありません。覚悟です」
サポーターの男が、静かにナイフを添える。
断面は、幾層にも重なった白。
微妙に違う温度、違う質感。
『……ああ』
一口。
淡い塩味。
遅れて、柚子の皮の香り。
最後に、芯のある旨味。
「白の中にも、選択はあります。あなたは毎日、無数の“微差”を選んでいる」
『最近、カラフルな提案を求められて……自分の感覚が古いんじゃないかって』
「色は流行ります。でも、“余白”は流行りません」
サポーターの男が、次の皿を静かに置く。
⸻
《花市場のアンサンブル・サラダ》
エディブルフラワーとハーブ、赤・紫・黄。
だが、中心は透明なジュレ。
「外は華やかに。芯は透明に」
『……透明?』
「あなた自身の軸です。色を乗せても濁らない部分」
一口食べると、ハーブの香りが立ち、後から柑橘の酸味が抜ける。
『私は……色を選ぶ人じゃなくて、空間を整える人なんですね』
「ええ。花は主役。あなたは光の調整係です」
店内の灯りが、わずかに落ちる。
最後の皿が運ばれる。
⸻
《余白のミルクブランマンジェ》
真っ白な皿の中央に、ほんの一滴の赤いベリーソース。
「最後は、決断の一滴」
『……これだけ?』
「ええ。一滴で、景色は変わる」
彼女は、スプーンでそっと赤を引く。
白に、淡い線が走る。
『……ああ、これでいいんだ』
「あなたは色を足す人ではなく、“置く人”です」
サポーターの男が静かに会釈する。
店長は、深く一礼。
「本日の営業はここまでです。あなたの次の花束が、誰かの呼吸になりますように」
扉が開く。
白い空気が、少しだけ色づいて見えた。
――この店は、一度きり。




