香りを手放す、アロマセラピストの一皿
プロンプト:
# 登場人物:アロマセラピスト 30代 女性
扉のベルが、やわらかく鳴る。
サポーターの男が静かに頷き、義手でカードリーダーを差し出す。
『……少し、香りに疲れてしまって』
差し出された個人認証カードには、
職業:アロマセラピスト
年齢:30代
性別:女性
本日のストレス値:高
嗅覚過敏レベル:上昇傾向
と表示されている。
「店長、確認しました。香りの扱いに長けた方ですが、今日は受け取る側のようです」
「……なるほど。店長、まずは“香りを使わない”料理から始めましょう」
⸻
《無香の白いポタージュ ― 呼吸を戻す一椀 ―》
湯気は立つが、強い香りはない。
玉ねぎを極限まで甘く煮出し、塩だけで整えた白いスープ。
最後に浮かべるのは、温度だけを感じるオイルの一滴。
サポーターの男が静かに器を置く。
「店長、嗅覚を休ませる設計ですね」
「ええ。香りで与える人には、無香で満たす時間が必要です」
彼女は一口、ゆっくりと飲む。
『……匂いが、ない。なのに、落ち着く』
「香りは記憶を刺激します。ですが今日は、記憶を休ませましょう」
『仕事では“整える側”でいなきゃいけなくて……自分の匂いが、わからなくなる時があるんです』
サポーターの男が、義手でグラスの水をそっと置く。
「店長、“自分の匂い”とは何でしょう」
「店長が思うに、それは“安心している時の呼吸”です」
彼女の肩が、少し下がる。
⸻
《柑橘の影を閉じ込めた温野菜のテリーヌ》
今度は、ほんのわずかな香り。
直接香らせるのではなく、野菜の奥に閉じ込めた柑橘の皮の微細な苦み。
『……強くない。追いかけなくても、そこにある』
「主張しない香りは、寄り添う香りです」
「店長、まるで彼女の理想の仕事のようですね」
彼女は微笑む。
『私、いつも“効かせよう”としすぎていたかもしれません』
「効かせるのではなく、居てもらう。
香りも、人も、同じです」
⸻
《眠りの手前のハーブティーゼリー》
最後の一皿は、あえて彼女の専門分野を使う。
だが、調合は彼女ではなく、店長。
ラベンダーは極薄。
カモミールは輪郭だけ。
主役は、ただの温度。
『……優しい。私がブレンドするより、優しい』
「店長は、あなたを整えに来ただけです」
サポーターの男が静かに言う。
「店長、この店は一度きりです」
「ええ。だからこそ、今日の呼吸だけをお渡しします」
彼女は最後の一口をすくう。
『……明日から、少しだけ力を抜いてみます』
「抜いた分だけ、香りは自然に届きます」
扉のベルが、再び鳴る。
サポーターの男が静かに言う。
「また来られませんが、今日の無香は持ち帰れます」
彼女は深く息を吸い、吐いた。
その呼吸には、もう焦りの匂いはなかった。
店長は、静かに厨房へ戻る。
「店長、本日も一度きりの満席、ありがとうございました」




