撤収後に灯る火
プロンプト
登場人物:イベント制作スタッフ 20代 男性
カラン、と一度だけ鳴る扉の鈴。
夜の路地裏に、若い足音が迷いなく入ってくる。
サポーターの男が静かにうなずく。
「店長、個人認証カード、読み取りました。」
店長は、端末に映る情報を見つめる。
――職業:イベント制作スタッフ
――年齢:20代
――稼働時間:不規則
――ストレス指数:高
――達成感:瞬間最大、持続低め
店長は小さく息を吐いた。
「店長、この方には“余韻”が足りませんね。」
サポーターの男が義手でグラスを整える。
若い客がカウンターに腰を下ろす。
『え、ここって……一回きりの店なんですよね?』
「はい。店長の店は、一度きりでございます。」
『じゃあ、最高のやつ、お願いします。』
店長はうなずく。
「最初の一品は、あなたの個人認証カードから。」
火を入れすぎない。
盛り付けすぎない。
けれど、余白は多めに。
やがて、静かに皿が置かれる。
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《撤収後の静寂ポタージュ》
白い器。
とうもろこしと玉ねぎをじっくり煮込み、最後にほんの少しだけ焦がしバター。
表面には、夜の会場を思わせる黒胡椒が一筋。
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『……あ、なんか、音が消える。』
「イベントは、始まりよりも“終わり”が大事です。」
店長は静かに言う。
「撤収後、誰もいなくなった会場。あの静けさを、飲める形にしました。」
サポーターの男が低く続ける。
「成功しても、失敗しても、最後は静かです。」
客はスプーンを止める。
『……俺、終わった後すぐ次の案件のこと考えちゃうんですよね。』
「余韻を、食べてください。」
店長はまっすぐ見る。
「あなたは、火を灯す仕事をしている。けれど、自分の火は休ませていない。」
湯気が、やわらかく揺れる。
『……ああ、そっか。終わったって、ちゃんと感じてなかった。』
サポーターの男が、静かに空いた皿を下げる。
「店長、次の一皿を。」
店長は包丁を握る。
「次は、“準備”の料理です。」
店内の灯りが、少しだけ明るくなる。
サポーターの男が、義手で静かに氷を砕く音が響く。
若い客は、まださきほどの静寂を胸に残したまま、カウンターに肘を置いている。
『準備の料理……?』
店長はゆっくりと頷く。
「あなたの仕事は、本番よりも“その前”が長いはずです。」
まな板の上に並ぶのは、色とりどりの食材。
けれど、どれもまだ完成していない。
「完成形ではなく、工程を食べていただきます。」
やがて、二皿目が差し出される。
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《段取りテリーヌ 未完成の層》
透明なテリーヌ型の中に、野菜、鶏肉、ハーブが層になっている。
あえて一部はまだ固まりきっていない。
横には小さな温かいソースポット。
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『……これ、完成してない?』
「はい。」
店長は静かに笑う。
「準備とは、未完成の連続です。」
サポーターの男がソースをゆっくりとかける。
とろり、と層が一つにまとまる。
「あなたの段取りも、当日までは不安定でしょう。」
『めちゃくちゃ不安定です。変更、トラブル、予算カット……』
「ですが。」
店長はまっすぐ見る。
「最後に“火”を入れるのは、あなたです。」
客は一口食べる。
バラバラだった味が、口の中で一つになる。
『……あ、まとまる。』
「準備は、不安ではなく“可能性の状態”です。」
サポーターの男が、静かに皿を下げる。
客は小さく息を吐く。
『俺、準備が嫌いでした。本番が好きで。』
「本番は、準備の集大成です。」
店長は最後の鍋に火を入れる。
「最後の一皿は、“あなた自身”を返します。」
店内の空気が、ほんの少しだけ温度を上げる。
『……自分、ですか?』
「はい。」
店長は火を止める。
「イベントは、人の記憶に残ります。
ですが、あなたの記憶には何が残っていますか?」
静寂。
やがて、三皿目が置かれる。
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《灯火リゾット 一夜限りの余白》
小さなキャンドルのように中央がくぼんだリゾット。
その窪みに、卵黄が一つ。
周囲には、パチパチと弾けるライスパフ。
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『……これ、なんか、ステージみたい。』
「中央があなたです。」
店長は穏やかに言う。
「周りは歓声、照明、拍手。」
サポーターの男が小さく付け加える。
「ですが、中央の火が消えれば、何も始まりません。」
客は卵黄を崩す。
黄金色が、静かに広がる。
『……俺、楽しいんですよ。ほんとは。めちゃくちゃ。』
「それが、あなたの火です。」
一口。
温かい。
静かに、涙がにじむ。
『……疲れてるのに、やめたいって思ったこと、ないです。』
「それなら、続けてください。」
店長は柔らかく言う。
「ただし――終わったら、必ず余韻を食べること。」
サポーターの男が扉の方を見る。
外の夜は、少しだけ明るい。
『……ここ、また来たいな。』
「申し訳ありません。」
店長は深く一礼する。
「この店は、一度きりです。」
客は立ち上がる。
ポケットの個人認証カードが、静かに光る。
『……でも、なんか、次の現場、ちょっと楽しみです。』
「いってらっしゃいませ。」
サポーターの男が、義手で静かに扉を開ける。
若いイベント制作スタッフは、夜の街へ戻っていく。
カラン。
扉が閉まる。
店長は火を落とす。
「店長、今日も一人、灯りましたね。」
「はい。」
静かな店内。
もう、次の客は来ない。
一度きりの灯りは、今日も確かに誰かの中で続いている。




