“待て”と“よし”のあいだにあるもの
プロンプト
登場人物:犬訓練士 40代 女性
扉が静かに鳴る。
一度きりの店に、凛とした足取りの女性が入ってきた。
『……ここが、噂のお店ですか』
カウンターに差し出された、登場人物の個人認証カード。
――職業:犬訓練士
――年齢:40代
――専門:問題行動矯正・災害救助犬育成
――勤務形態:屋外訓練中心
「店長、カードを拝見しました。日差しと風の中で、常に“待て”と“よし”を教える方ですね」
サポーターの男が静かにうなずき、義手で白い皿を差し出す。
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《信頼の初動・蒸し鶏と春野菜の白だし仕立て》
低温でゆっくり火を入れた鶏胸肉。
硬くならない絶妙な温度。
添えられたのは、軽く湯通しした菜の花と新玉ねぎ。
「店長、最初の一皿は“初動”です」
「訓練は最初の指示がすべて。鶏も同じ、最初の温度でその後が決まる」
『……なるほど。強く叱るだけじゃ、だめなんです』
「ええ。信頼は、柔らかさの中にあります」
彼女はゆっくりと口に運ぶ。
張り詰めていた肩が、わずかに落ちた。
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『最近、若い訓練士が入ってきて……厳しさと優しさの線引きに悩んでいるみたいで』
「店長、二皿目を」
サポーターの男が静かに鍋を置く。
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《境界のスープ・黒胡椒と根菜の澄まし》
透き通った出汁。
だが底には、黒胡椒の芯。
大根、人参、ごぼう。
土の匂いを残したままの滋味。
「優しさだけでは、指示は通らない」
「しかし厳しさだけでは、心が離れる」
『……犬も人も、同じですね』
「境界は、透明であるほど美しい。けれど芯は必要です」
彼女は小さく笑った。
現場で吹く風のような、乾いた笑い。
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『私、自分が年を取ったと感じる瞬間があるんです。昔みたいに走れない』
店長は少しだけ目を細めた。
「店長、最後の一皿です」
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《伴走の炊き込みご飯・山椒の香り》
鶏出汁で炊いた米。
刻んだ生姜と山椒。
主役は具材ではない、“余白”。
「走れなくなったら、伴走すればいい」
「訓練士は、いつか前を走る役目を降りる」
『……後ろから、見守る役目に?』
「ええ。犬が自分で判断できる瞬間を待つ人になる」
山椒が静かに鼻を抜ける。
刺激はあるが、支配はしない。
彼女は箸を置き、深く息を吸った。
『……今日、帰ったら若い子に言います。“正解は犬が教えてくれる”って』
「それが一番の訓練です」
サポーターの男が静かに店の灯りを落とす。
「本日はこれで終わりです。この店は一度きり」
『ええ、わかっています』
彼女は立ち上がる。
外の風は冷たいが、歩幅は軽い。
扉が閉まる。
店長は空になった茶碗を見つめる。
「信頼は、命令では育たない」
サポーターの男が静かにうなずいた。
その夜、店は静かに消えた。




