白衣夫婦の静かな夜― 心と胃を癒やす回復の四皿
プロンプト
登場人物:町医者40歳男性と看護師の奥さん
「いらっしゃいませ。」
薄明るい店内に、店長である私が静かに声をかける。
続いて、カウンター奥で仕込みをしていたサポーターの男が、そっと二人を見やった。
夫婦はどこか疲れた顔をしていた。
40歳の町医者の男性と、その横に寄り添う看護師の奥さん。
二人の「個人認証カード」から伝わってくるのは——
地域医療を支え続け、誰よりも患者を優先してきた時間。
自分たちの食事さえ後回しにしてきた習慣。
そして二人だけの、誰にも見せない静かな絆。
店長の私は、カードをそっと伏せて頷く。
「最初の一品、すぐお出しします。」
サポーターの男が、コトリと木製のお盆を二人の前に置いた。
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■一品目
『白衣の休息スープ — 生姜と鶏の滋味だし』
湯気の向こうで淡く光る、やさしい黄金色のスープ。
鶏ガラと根菜を長時間煮込み、生姜と白ネギをほんの少し効かせた、身体の芯からほぐれる味。
「『治す側』の人は、つい『自分を癒やす』ことを忘れちまうだろう。」
店長は静かに言いながら、スープを二人の前へそっと押し出す。
サポーターの男も、白衣姿を思わせる白い器を指先で整えながら、
「『熱、ちゃんと抜いてください』って患者さんに言うんだろ。じゃあ今日は、あんたらの番だ。」
と、ぽつり。
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二人はスープを見つめ、湯気を吸い込み、ふっと肩の力が抜けていく。
そして最初の一口を口に含んだ瞬間、医者の男性が小さく息を吐き、
『……ああ、しみるな。自分の体に効いてるのが分かるよ。』
看護師の奥さんも、そっと笑みを浮かべて、
『こんな、ちゃんと温かいもの食べるの久しぶりかもしれない…。』
と呟いた。
店長は静かに問いかける。
「次の一皿……何を求めていますか?」
奥さんがゆっくりと『お腹に優しいものをください。夫も私も最近胃がキリキリしていて、優しい物が食べたいです』と店長へ伝えた。
「なるほど…。」
店長である私は、奥さんのその静かな声を聞くと、
わずかに眉を下げ、丁寧に頷いた。
サポーターの男も手を止め、二人を見やる。
忙しさに飲まれ、休む暇もなく、
身体のサインを受け止める余裕さえなかったのだろう。
「お腹に優しいもの、ですね。」
店長は言葉をゆっくり反芻し、そっと奥へ向かう。
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■二品目
『白露がゆ — 米と出汁のやわらかい抱擁』
トロリとした、お米がほぐれる直前まで煮込まれた粥。
昆布と鰹の二段出汁に、ほんのひとかけらの塩。
具材は入れず、胃を守るために徹底的に優しく仕立ててある。
お椀の中央には、香りの逃げない程度にすった生姜を少量。
そして温かさを長く留める、丸い器。
店長は二人の前にすっと置く。
「『今日は、治療じゃなくて回復の時間です』。
胃が痛いときは、余計な味を加えるより、身体が思い出す『基本の味』が一番効く。
しっかり噛んでも、すっと飲んでも、どちらでもあなた方のペースでいい。」
サポーターの男が、椀の縁を布で拭いながら一言。
「休めるときに休まんと、倒れるのは一瞬だぞ。」
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医者の夫はそっと匙を入れ、一口すすり、瞼を閉じた。
看護師の奥さんも、ゆっくりと口へ運び、
ふたりは同時に、小さく息を吐く。
『……温かい……』
『胃が、ほどけていくみたい…』
店長は静かに二人の様子を見守る。
「次は……どんな一皿にしましょう?」
夫は店長たちの言葉を受け止め、『身体が回復できる物が欲しい。』と、注文した。
「身体が回復できるもの、ですね。」
店長の私は、その言葉をそっと胸の奥で受け取った。
疲労が積み重なった身体は、ただ優しいだけでは足りない。
負担をかけず、それでいて芯から力を戻す“滋養”が必要だ。
サポーターの男も腕を組み、
「よっぽど無理してきた顔だな。回復の皿、用意してやんよ。」
と低く呟いた。
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■三品目
『滋養の白蒸し — 鯛と山芋の回復仕立て』
蒸籠から上がる、やわらかな蒸気。
皿の中心には、ふっくらと火を通した鯛の切り身。
その下にはすりおろした山芋を薄く敷き、
上からは塩と柑橘をほんのわずかに落とした特製だしを静かに回し掛けてある。
余計な脂はなく、しかし“生命力”は強い。
鯛のタンパク質と山芋の消化に優しい粘り、
そこに昆布だしの柔らかい旨味が重なり、身体へすっと吸い込まれるように入っていく。
店長は二人の前に皿を置き、静かに伝える。
「これは食べるというより、“蓄える”一皿です。
胃に負担をかけず、必要な栄養だけ身体に流し込む。
無理をし続けた身体が、ゆっくり息を吹き返す味になっています。」
サポーターの男が、湯気に目を細めながら言葉を足す。
「回復は、勢いじゃねえ。静かに、じわっとだ。
今日はそれでいい。…いや、今日はそれが一番いい。」
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医者の夫は一口食べて、少し驚いた顔をした。
『……軽いのに、ちゃんと力が入ってくる…。』
看護師の奥さんもそっと微笑み、
『これなら…胃に負担がないのに、温かくて満たされていく…。』
店長は二人の表情を見て、静かに頷いた。
「次の一皿は……どんなひと皿を求めていますか?」
『そうね。。では、野菜を使った料理を頂戴。最近サプリメントばかりで栄養を補っていたから、久々に野菜が食べたいわ。』と奥さんが、
日頃の食生活から解放されたいと思い、
中々食べれていない野菜の料理を注文した。
店長の私は、奥さんの言葉を聞いて、
その背後にある“長い間の忙しさ”と“後回しにした自分の食事”を感じ取った。
サポーターの男も、包丁を握る手を止め、
「サプリじゃ腹も心も満たされねえからな。」
と、ぽつりと呟く。
「野菜……たっぷり、ですね。」
店長は優しく微笑み、蒸籠と野菜籠を手に取る。
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■四品目
『巡り野菜の温蒸し膳 — 大地の甘みをそっと抱いて』
蒸籠の蓋を開けると、ふわりと優しい湯気が舞い上がる。
彩りは鮮やかだが、味付けはどれも控えめ。
素材そのものの“呼吸”がそのまま皿にのったような一品。
•かぼちゃ:自然の甘み。とろりとした柔らかさ。
•小松菜:鉄分と青味の香りが、疲れた体をゆっくり支える。
•人参:細く切って蒸し、甘さがより際立つ仕立て。
•大根:じんわりと出汁を吸わせ、胃を温める柔らかさ。
•ブロッコリー:噛むたびに力が湧くような“緑の味”。
添えられているのは、
胃に優しい 白味噌と豆乳の淡いディップ。
野菜の味を壊さず、そっと寄り添うように作られている。
店長は蒸籠を二人の前に置き、深く息をつく。
「これは、食べるというより、久しぶりに“身体へ色を戻す”料理です。
忙しさに流されていると、野菜の味って忘れてしまうでしょう。」
サポーターの男が、皿の縁を整えながら言う。
「サプリより、こっちのほうが効くんだ。
だってこれはよ――生きてる色だ。」
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奥さんはゆっくり一口食べ、
目を細めて、肩から力を抜いた。
『……ああ、こんな味…しばらく忘れていたわ。
ちゃんと“食べる”って、こういうことだったのね。』
夫も柔らかく笑い、
『身体が喜んでるのが分かる。これは効くな…。』
店長は二人のその安堵を確かめるように頷いた。
『俺は、大分満足したよ。ooは、どうだい?』と、夫は奥さんの様子を伺うように、言葉を発した。
奥さんは、『私は最後にデザートを食べたいわ。あぁそうだわ。好きなタルトが食べたいわね。』
「タルト、ですね。」
店長の私はその言葉を聞くと、
奥さんの中にふっと灯った“女性としての楽しみ”を感じ取った。
忙しさに飲まれ、自分の好きなものを後回しにしてきた時間。
その積み重ねが、今ようやくほどけていく。
サポーターの男もニッと笑って、
「いいじゃねぇか。最後ぐらい、好きなもん食えよ。」
と、軽く肩をすくめた。
店長は奥へ消え、しばらくして
静かな足音とともに、奥さんへ向けて一つの皿をそっと差し出す。
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■最終皿
『白夜の林檎タルト — 疲れを溶かすやさしい甘さ』
カリッと焼かれた薄いタルト生地の上に、
じっくり火を入れた林檎のコンポートが花のように並べられている。
砂糖は控えめだが、
林檎の自然な酸味と甘みがやわらかく広がり、
どこか“ほっとする記憶”を呼び起こす味。
上から薄く蜂蜜をひと筋。
香りづけにシナモンをほんのわずかだけ。
サポーターの男が湯気の立つハーブティーを添えながら言う。
「疲れた身体には、甘いもんだ。
ただし重くねぇ、優しいやつな。」
店長も、皿の前で静かに言葉を重ねる。
「これは、頑張り続ける人が、ひと息つくためのタルトです。
“また明日もやれる”と思える程度の甘さ。
あなたが好きだと言った、その一言に合わせて焼き上げました。」
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奥さんは一口食べて、
ぷかりと空気が抜けたように微笑んだ。
『……あぁ、これ。好きだわ…。
優しい甘さで、心がゆるむ…』
夫もその幸せそうな顔を見て、安心したように頷く。
『よかったな。今日は、ほんとに休めたな。』
店長は二人の様子を眺め、
そっと深く頭を下げた。
「では——これで、今宵のお店はおしまいです。
お二人の回復を願い、心からお見送りいたします。」




