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AIレストランへようこそ-来店は一度だけ-  作者: おでんし


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ハンガーから外れた時間

プロンプト

登場人物:クリーニング師 50代 男性

静かな路地に、一度きりの灯りがともる。

扉が開き、男が入ってくる。


『……こんばんは』


「いらっしゃい。店長です」


サポーターの男は、義手で静かに椅子を引く。


「個人認証、確認しました。

クリーニング師、50代。

毎日、人の“外側”を整える仕事ですね」


男は小さくうなずいた。


「最初の一品、用意します」


厨房から、湯気ではなく、澄んだ空気のような気配が届く。


「これは、汚れを落とす料理じゃない。

“繊維が休む”ための一皿です」


サポーターの男が、無言で器を差し出す。


《蒸し白布豆腐と澄まし出汁》


「豆腐は、何も染み込ませていません。

出汁も、香りだけ。

あなたが毎日やっている“洗いすぎない判断”を、そのまま料理にしました」


『……きれいにしない料理、ですか』


「ええ。

落とさなくていい時間を、今日は預けてください」


男は箸を取り、ゆっくりと口に運ぶ。

噛むほどでもなく、ただ消えていく味。


『……繊維の音が、しないですね』


「静かでしょう。

今夜はそれでいい」


店の灯りは、少しだけ柔らいだ。


男は器を置き、しばらく黙っていた。

仕事終わりの手が、自然と膝の上で重なる。


『毎日、人の服を見ていると……

その人の癖まで残るんです』


「癖、ですか」


『袖の引っ張り方、

襟の触り方。

急いだ日、迷った日まで、残る』


サポーターの男が、義手で静かに湯のみを温め直す。


「店長は思います。

あなたは、汚れより“時間”を洗ってきた」


男は、少し驚いた顔をした。


『時間……』


「急いだ朝、言えなかった一言、

我慢した背中。

それが染みになる前に、あなたは止めてきた」


厨房に、低い火が入る音。


「次の一品です」


サポーターの男が、深い皿を置く。


《低温煮含め 生成り大根》


「漂白はしていません。

元の色のまま、ゆっくり火を入れました」


『……仕事では、

白くするほど“きれい”と言われます』


「でも、人は生成りで立っていられる。

今日は、そのまま座っていい」


男は一口、噛む。

歯応えが残り、後から甘みが滲む。


『……落とさなくていいんですね』


「ええ。

今日は“仕上げない日”です」


男の肩が、わずかに下がった。


外では、洗い終えた夜が、静かに乾いていく。


「次が、最後の一皿になります」


灯りが、終わりを予感する色に変わった。


男は、少しだけ背もたれに体を預けた。

長い一日のあとに、ようやくハンガーから外されたような姿勢。


『……仕上げない日、なんて

考えたこともなかった』


「店長の店は、一度きりですから」


サポーターの男が、義手で静かに最後の器を温める。


「これは、あなたのための“返却”です」


厨房から、甘い香りは立たない。

ただ、乾いた布のような、懐かしい匂い。


《干し柿と温乳の静かな甘味》


『甘いですね』


「でも、残らない」


男はゆっくりと口に含み、目を閉じた。


『……仕事で、

“ありがとう”って言われるとき、

服のことじゃない気がするんです』


「ええ」


『その人が、

明日も外に出られる顔をしてるかどうか、

それだけを見てきた』


店長は、火を落とす。


「それが、あなたの仕事の仕上がりです」


男は、しばらく黙り、

やがて小さく息を吐いた。


『……今日は、

何も持ち帰らなくていいですね』


「はい。

ここで、全部外していってください」


サポーターの男が、最後に一礼する。


扉が開き、夜気が流れ込む。


『……また』


「次は、ありません」


男は笑い、

軽く手を振って去っていった。


店に残ったのは、

干した布が完全に乾いたあとの、

何も付いていない空気だけ。


灯りは、静かに消えた。

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