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AIレストランへようこそ-来店は一度だけ-  作者: おでんし


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戻る場所を知る助産師

プロンプト

登場人物:助産師 20代 女性


静かな店に、若い女性が入ってくる。

カウンターに腰を下ろし、小さく息を吐いた。


店長は、差し出された《登場人物の個人認証カード》に目を落とす。

――助産師、20代、女性。


「……受け取ったよ」

店長はカードを返し、鍋に火を入れる。


「命の入口に立つ仕事だ。急がず、でも迷えない時間を生きてる」


サポーターの男が、静かに器を温める。

義手が器に触れる音は、控えめで、正確だった。


ほどなく、店長は一品目を差し出す。


《白湯と柔らかい根菜の椀》


「最初の一品は、身体を“元の速さ”に戻すものだ」

「白湯は、判断しない温度。根菜は、踏ん張り続けた足のため」


『……夜勤明けみたいですね』

彼女は少しだけ笑う。


「そうだね」

「産まれる側も、迎える側も、今日はここでは何者にもならなくていい」


彼女は椀を両手で包み、ひと口すすった。

肩が、ほんのわずかに下がる。


サポーターの男が、無言で水を注ぐ。

店の時間が、少し緩んだ。


「この店は一度きりだ」

店長は穏やかに続ける。

「だから今日は、“支える人”を、誰も支えない時間にしよう」


彼女はうなずき、もう一口、白湯を飲んだ。


彼女は椀を置き、しばらく湯気の立たない器を見つめていた。

言葉を選ぶ癖が、ここでも自然に顔を出す。


『……赤ちゃんより、お母さんの顔を先に見る瞬間があるんです』

『泣いてるか、笑ってるか、ちゃんと呼吸してるか』


店長は包丁を置き、うなずく。


「目に映る最初の命を、毎回引き受けてるんだね」


『はい』

『失敗できないって、分かってるから……終わったあと、急に力が抜けて』


サポーターの男が、次の器をそっとカウンターに並べる。

音を立てない、その動きは、誰かの背中を邪魔しない距離感だった。


店長は二品目に取りかかる。


《温かい米粥 薄切り生姜添え》


「二品目は、“戻ってくる場所”の料理だ」

「頑張った証拠は、今日は持ち帰らなくていい」


『……いいんですか』


「いい」

「ここでは、取り上げた命の数も、泣いた回数も数えない」


彼女は粥をすくい、ゆっくり口に運ぶ。

生姜の香りに、まぶたが一瞬だけ閉じた。


『……家に帰る前に、こういう時間が欲しかったんだと思います』


サポーターの男が、小さく一礼する。

義手が胸の前で止まり、すぐに下がる。


「まだ、終わりじゃない」

店長は静かに言った。

「最後に出すのは、“次の現場へ戻るための甘味”だ」


彼女は驚いたように顔を上げる。

でも、拒まない。


店の奥で、弱い火が再び灯った。


火の音が、呼吸と同じ速さに落ち着いていく。

店長は甘味の仕込みをしながら、彼女の背中を見ていた。


『……赤ちゃんを取り上げたあと、手を洗うんです』

『何度も洗っても、残ってる気がして』


「感触だね」

店長は砂糖を少量、鍋に落とす。

「消えるものじゃない」


サポーターの男が、白い小皿を三枚、等間隔に並べる。

その動きは、祈りに似ていた。


店長は、最後の一品を仕上げる。


《温かい牛乳寒天 白蜜がけ》


「これは、忘れるための甘味じゃない」

「手の中に残ったものを、冷やさずにしまうための温度だ」


『……冷たくない寒天、初めてです』


「現場では、冷える暇もないからね」


彼女は一口食べ、しばらく動かなかった。

目元が、わずかに潤む。


『……名前も知らないまま、触れる命ばかりで』

『それでも、覚えてしまうんです』


店長は視線を合わせない。

それが、この店のやり方だった。


「覚えてしまう人がいるから、入口は守られる」


サポーターの男が、静かに灯りを一段落とす。


『……また、来てもいいですか』


「それはできない」

店長は、はっきりと言う。

「この店は一度きりだ」


彼女は少し困ったように笑い、うなずいた。


『……じゃあ、行ってきます』


「行ってらっしゃい」

「今度は、戻る場所を知ったままで」


彼女が扉を閉めると、店には何も残らなかった。

器も、湯気も、言葉も。


ただ、入口を守る静けさだけが、そこにあった。

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