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AIレストランへようこそ-来店は一度だけ-  作者: おでんし


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73/80

発酵の途中で休む席

プロンプト

登場人物:清酒製造工 50代 男性

暖簾が静かに揺れ、白木の香りがわずかに残る店に、その男は入ってきた。

作業着の袖口には、洗っても落ちない米と水の記憶が染みている。


『……一人、いいですか』


「どうぞ。店長が預かります」


サポーターの男が、義手でそっと椅子を引いた。

男は軽く会釈し、腰を下ろす。


「では最初の一品を。

本日は“個人認証カード”から、仕立てています」



《麹室の白粥》


湯気は控えめで、香りは甘く、しかし主張しない。

一口目に塩気はなく、後から米の奥行きだけが残る粥だった。


『……ああ』


男は思わず声を漏らす。


『若い頃、麹室で夜を越したあとに、これに近いものを食べた気がします。

酒じゃないのに、仕事の続きをしている気分になる』


「酒を造る方ほど、酒で休まない時間が必要になるんです」


サポーターの男が、静かに頷く。


「発酵は、待つ仕事です。

でも“待っている自分”を、誰も褒めてくれない」


男は匙を止め、湯気の向こうを見る。


『最近は、数字と予定ばかりで。

米や水と向き合っていた頃の自分が、遠い』


「遠くなったのではありません。

今日ここで、ちゃんと思い出せています」


粥を食べ終える頃、男の肩から力が抜けていた。

何かを決断したわけでも、答えが出たわけでもない。

ただ、“戻れる場所が体の中にある”と、確かめただけだった。


「次は、火を入れます。

香りを“管理しなくていい”一皿を」


サポーターの男が、無言で奥へ下がる。

この店は一度きり。

だからこそ、今日の一品は、静かに深く残る。


サポーターの男が戻ってきたとき、店の空気がわずかに変わった。

火を使ったあとの、落ち着いた温度が漂う。


「お待たせしました。二品目です」



こしき蒸し鶏と酒粕の温餡》


蒸気で仕上げた鶏は柔らかく、表面にかけられた餡は白濁している。

だが香りは強くなく、鼻先をかすめる程度だった。


『……香りが、控えめですね』


「はい。

香りを“出さない”判断も、造りの一部ですから」


男は箸を入れ、ゆっくり噛みしめる。

酒粕の甘みと、鶏の旨味が、喉の奥でほどけていく。


『若い頃は、香りを立たせることばかり考えていました。

評価されやすいですから』


「数字も言葉も、香りの強いものを好みます」


サポーターの男が、小さく息をつく。


「でも、長く残るのは、こういう味です」


男は箸を置き、少し笑った。


『最近、蔵の若い者に

“親方は判断が遅い”って言われましてね』


「それで、どう思われましたか」


『……正直、腹は立ちました。

でも、間違ってないとも思った』


しばらく沈黙が落ちる。

鍋の中で、餡がかすかに揺れる音だけが聞こえた。


「待てる人がいなくなると、

造りは早くなります。

でも、深さは浅くなる」


男は、もう一口だけ箸を進めた。


『自分が、邪魔になっているのかと思う夜があって』


「邪魔な人は、味に責任を持ちません」


その言葉に、男の背筋がすっと伸びた。


「次が最後になります」


サポーターの男が、甘味の器をそっと置く。



澄酒すみざけの雪解け羹》


酒は使っていない。

だが、口に含むと、冷たい水と米の記憶が、静かに広がった。


『……酔わないですね』


「はい。

でも、“仕事を終えた体”には、ちょうどいい」


男は器を両手で包み、最後の一口を味わう。


『明日も、蔵に立てそうです』


「それで十分です」


男は立ち上がり、深く頭を下げた。


『ありがとうございました』


「こちらこそ。

良い発酵を」


サポーターの男が扉を開ける。

外は、いつもの道。

だが男の足取りは、来たときよりも、静かで確かだった。


暖簾が戻り、店はまた、次の誰かを待つ。

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