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AIレストランへようこそ-来店は一度だけ-  作者: おでんし


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滲みを許す線

プロンプト

登場人物:書道家 40代 男性

暖簾が静かに揺れ、墨の匂いを連れて男が入ってくる。


『……ここで、いいんですね』


「いらっしゃい。店長だ。今日は一度きりの店だ、ゆっくりしていくといい」


サポーターの男が、無言で一礼し、カウンターの端に湯呑みを置く。


店長は、差し出された個人認証カードに目を落とす。

――書道家、40代、男性。


「文字と向き合う時間が長い人だな。今日は“書かない時間”から始めよう」


火を入れ、音を抑え、香りだけを立たせる。

白と黒、その間の温度を器に落とす。


「最初の一品だ」


《余白を食べる白粥》


真っ白な粥に、ほんの一滴の胡麻油。添えられた塩は、粒が不揃いだ。


『……何も、書いてないみたいですね』


「何も書かない余白があるから、線は生きる。これは“口の中の余白”だ」


サポーターの男が、静かに匙を差し出す。


『……ああ』


男は一口、ゆっくりと含む。

噛まない。ただ、温度と重さを確かめるように。


『最近、字が……うるさくて』


「線が多すぎると、心も騒ぐ。まずは静かに戻そう」


店内に、音のない時間が流れる。

墨も、紙も、まだ出てこない。


次の一皿は――

線が生まれる“前”の話になる。


店内の静けさが、さらに一段深くなる。

男は匙を置き、両手を膝に乗せたまま、何も言わない。


「次へ行こうか」


サポーターの男が、義手で木の盆を引き寄せる。

器は細長く、まるで半紙のようだ。


《滲みを許す煮物》


大根と里芋。出汁は澄んでいるが、輪郭は曖昧だ。

味が、じわりと滲む。


『……滲んでる』


「書では嫌われることも多いな。でもな」


店長は、少しだけ笑う。


「滲みは、失敗じゃない。紙と墨が“話した跡”だ」


男は箸を取り、そっと口に運ぶ。


『……昔は、滲みが好きでした』


「ほう」


『若い頃は、思った通りに書けなくて。でも、滲んだ線が、自分より正直に見えた』


サポーターの男が、湯を注ぎ直す。

湯気が、ゆっくり立ち上る。


「いつから、嫌いになった」


『評価されるようになってからです』


男の声は低いが、はっきりしている。


『展覧会、依頼、肩書き。綺麗で、強い線を求められるようになって……滲みは、言い訳みたいに感じてしまった』


「なるほどな」


店長は鍋の火を落とす。


「滲みを許さなくなった時、人は自分にも厳しくなる」


『……はい』


男は煮物をもう一口、今度は少し大きく噛む。


『これ、形が崩れても……美味しいですね』


「崩れたまま、役目を果たしてる」


サポーターの男が、静かに頷く。


店長は、最後の支度に入る。

甘さは控えめ、香りだけを残す。


「最後の一品だ」


《筆を置く甘味》


温かい黒糖羹に、白い豆乳の泡。

黒と白が、はっきり混ざらず、ただ寄り添っている。


『……書かなくて、いい時間ですね』


「今日はな」


男はゆっくり食べ終え、深く息を吐く。


『また、滲ませてもいいかもしれません』


「紙は、いつでも待ってる」


男は立ち上がり、一礼する。


『ごちそうさまでした』


「こちらこそ」


暖簾が揺れ、男の背中が消える。


サポーターの男が、器を下げながらぽつりと呟く。


「……線、柔らかくなりそうですね」


「腹が緩めば、線も緩むさ」


店は、静かに灯りを落とす。

この場所は、もう二度と開かない。

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