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AIレストランへようこそ-来店は一度だけ-  作者: おでんし


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泣き声を置いていく夜

プロンプト

登場人物:保育士 20代 女性

静かな灯りの店に、若い女性が入ってくる。

胸元の名札には、使い込まれた跡と、やさしい仕事の気配。


「いらっしゃいませ。店長です」

カウンターの奥で、店長は彼女の個人認証カードに目を落とす。

――保育士、20代、女性。

その横で、義手を整えながらサポーターの男が静かにうなずいた。


「子どもたちの声に囲まれて、一日を終えたあとですね」

「まずは、今日のあなたそのものを、温度でほどきましょう」


サポーターの男が、鍋に火を入れる。

湯気は強すぎず、逃げ道を残すように立ちのぼる。


店長は、白い器を差し出した。


《声を置いていくミルクスープ》


「ミルクは、責任感をやわらかく包むため」

「野菜は細かく刻んでいます。誰かのために分け続けた心、その名残です」


サポーターの男が、最後にほんの少しだけ塩を振る。

それは、“ちゃんとやっている”という最低限の肯定。


『……あ、あったかい』

女性はそう言って、肩を少し落とした。


「今日は、ここでは“先生”じゃなくていい」

「ただ、食べる人でいてください」


スープの湯気が、彼女の前で静かにほどけていった。


女性はスープを飲み終えると、少し間を置いて深く息を吐いた。

それは、仕事中にはなかなか許されない長さの呼吸だった。


『……子どもたちの声が、まだ耳に残ってて』

『静かになると、逆に落ち着かなくて』


「ええ、わかります」

「静けさは、慣れていないと居場所がないように感じる」


サポーターの男が、まな板の上で何かを整える音が、一定のリズムで響く。

その音は、子どもたちの足音とは違い、予測できる安心感があった。


「次は、“見守る側”から降りる一皿です」

「何かを教えなくていい。正さなくていい」


店長は、少し深めの皿を差し出す。


《手を離しても崩れないオムレツ》


「火は弱め。急がせない」

「中は、あえて半熟です。完成させきらない余白」


サポーターの男が、皿の端に小さなサラダを添える。

ドレッシングは別添え――かけるかどうかは、食べる人に任せるため。


『……きれい』

女性はそう言って、すぐには手を付けなかった。


「保育は、“手を出す仕事”に見えて」

「実は、“手を離す仕事”でもある」


フォークを入れると、オムレツは静かに割れ、形を保ったままだった。


『……あ、大丈夫』

『離しても、ちゃんと』


女性の声は、少しだけ軽くなっていた。


店の中には、もう子どもの声はない。

でも、守らなくていい静けさが、確かにそこにあった。


オムレツを食べ終えたあと、女性はしばらくフォークを皿の上に置いたまま、動かなかった。

考えている、というより――戻ってきている、そんな間だった。


『……子どもたちが泣くと』

『理由を探さなきゃって、すぐ思ってしまって』


「ええ」

「理由は、大人を安心させますからね」


サポーターの男が、静かにケトルを火にかける。

沸騰する手前で止める、その判断に迷いはない。


「でも」

店長は、彼女の方を見ず、カップを温めながら続ける。

「泣く理由が、本人にもわからない日もある」


女性の肩が、わずかに上下した。


『……あります』

『どうしても、どうしても泣き止まない日』


「そのとき、あなたは」

「十分、そばにいました」


サポーターの男が、カップを差し出す。


《理由を探さないハーブティー》


「名前を付けないブレンドです」

「説明しなくていい気持ちのために」


湯気は香りを主張しすぎず、ただそこにある。

飲むと、喉を通る間だけ、考えが途切れた。


『……泣かせたままにしてしまったことが』

『ずっと、引っかかってて』


「ええ」

「引っかかるのは、逃げなかった証拠です」


店長は、カウンターの下から小さな皿を出した。

サポーターの男が、そこにそっと何かを置く。


《ほどける前のビスケット》


「焼き色は、均一じゃありません」

「それでいい」


ビスケットは、噛むとほろりと崩れた。

でも、粉になりきる前に、ちゃんと形を思い出す。


『……あ』

『これ、子どもみたい』


「ええ」

「だから、大人のあなたが食べる」


店の灯りは、少しだけ落とされている。

今日ここで、誰も泣き止ませなくていい時間が、静かに続いていた。


ビスケットの欠片を指先で集めながら、女性は小さく笑った。

それは仕事中には見せない、力の抜けた表情だった。


『保育士って……』

『強くないといけないと思ってました』


「ええ」

「強く“見える”必要は、ありますからね」


サポーターの男が、カウンターを静かに拭く。

その動きは、誰かに見せるためではなく、場を整えるためだけのもの。


「でも」

店長は、皿を下げながら続ける。

「強さは、折れないことじゃない」

「戻ってこられることです」


女性は、少し考えてからうなずいた。


『明日も、子どもたちは泣くし』

『笑うし、騒ぐし』


「ええ」

「そして、あなたはまた、そこにいる」


サポーターの男が、最後の一皿を静かに差し出す。

甘さは控えめ、量も多くない。


《迎えに行くための小さなプリン》


「これは」

「仕事に戻るためじゃない」


スプーンを入れると、プリンは抵抗せずに揺れた。


「あなた自身を、迎えに行くための甘さです」


『……おいしい』

その声は、誰かに聞かせるためのものではなかった。


食べ終えたあと、女性は深く一度、息を吸った。

もう、耳には子どもの声は残っていない。


「今日は、ここまでです」

「この店は、一度きり」


サポーターの男が、静かに扉を開ける。


女性は立ち上がり、名札のない胸元を軽く押さえた。


『……行ってきます』


「いってらっしゃい」

「ちゃんと、戻れる人の顔でした」


扉が閉じ、灯りが落ちる。

店には、守る仕事を終えた夜の静けさだけが残っていた。

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