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AIレストランへようこそ-来店は一度だけ-  作者: おでんし


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余韻を教える、ピアノ講師の一夜

プロンプト

登場人物:ピアノ講師 40代 女性

静かな扉が開き、女性が一人、店に足を踏み入れる。


『……こんばんは』


「いらっいませ。」


カウンターの奥で、店長は小さく頭を下げる。

義手の男性――サポーターの男は、無言で椅子を引いた。


サポーターの男

「……こちらへ」


女性は楽譜の入った鞄を胸に抱え、ゆっくり腰を下ろす。


店長は、カウンターに置かれた一枚のカードに目を落とす。

――ピアノ講師/40代/女性。


「今日は一度きりのご来店です。最初の一品は、こちらから」


店長は静かに調理を始める。

音を立てすぎないよう、包丁も鍋も、呼吸に合わせるように。


やがて、白い皿が差し出された。


「どうぞ」


《調律前の白いスープ》


澄んだスープに、ほんの少しだけ浮かぶオイル。

香りは控えめで、温度は指先にやさしい。


『……音が、ないみたい』


女性はそう言って、スプーンを口に運ぶ。


「弾く前の鍵盤の時間です。まだ、何も始めなくていい」と店長は、女性へ伝えた。


女性の肩が、ほんの少し下がる。

長年、生徒の前で音を出し続けてきた身体が、ようやく休符を見つけたように。


『最近……自分が、ちゃんと弾いているのか分からなくて』


店長はうなずくだけで、答えない。


サポーターの男が、静かに水を置く。

「……間も、音ですから」


女性は驚いたように目を上げ、そして小さく笑った。


スープの表面が、わずかに揺れる。

それは、次の音が来る前の、静かな合図だった。


女性がスープを飲み終える頃、店の中には時計の音さえ届かなくなっていた。


『……ここにいると、レッスン室じゃない気がします』


「そうですね。ここでは、誰も評価しません」


店長はそう言って、次の準備に取りかかる。

サポーターの男は、女性の前に新しいカトラリーを静かに揃えた。


サポーターの男

「……譜面、置いてもいいですよ」


女性は一瞬迷い、鞄から楽譜を出して膝の横に置く。

紙の擦れる音が、今日はやけに大きく感じられた。


店長

「二品目です」


《鍵盤の隙間に落ちる温野菜》


ゆっくり火を通した野菜が、規則正しく並ぶ。

ソースはかかっていない。

噛むたびに、それぞれ違う温度と歯応えが伝わる。


『……指の運動みたい』


店長

「はい。完璧に揃えなくていい指です」


女性は一つ、また一つと口に運ぶ。

途中で、順番を間違えても、誰も何も言わない。


『生徒には……よく言うんです。“間違えても止まらないで”って』


「ええ」


『でも、自分が弾くときは……止まってしまう』


野菜を噛む音が、短い沈黙を埋める。


サポーターの男

「……止まる癖、つきますよね。仕事だと」


女性は、義手の方へちらりと目をやり、何も聞かずにうなずいた。


店長

「止まるのも、悪くないですよ」


『……え?』


店長

「止まった場所が、自分の音だったって分かることもある」


女性は、皿の上の最後の一切れを見つめる。

それは少し形が崩れていて、他より不揃いだった。


『……これ』


店長

「はい」


『一番、好きかもしれません』


その言葉に、店長は小さく微笑む。


厨房の奥で、次の火が入る。

今度は、終わりに向かうための、やさしい準備だった。


火の音が消え、店内に戻ってくるのは、湯気と甘い香りだった。


サポーターの男が、白い小皿をそっと運ぶ。


サポーターの男

「……最後です」


店長は女性の前に立ち、ゆっくりと言葉を添える。


店長

「終わりを知らせる一品になります」


《余韻だけが残るミルクのデザート》


形はごくシンプル。

スプーンを入れると、すぐに崩れるほど柔らかい。

甘さは控えめで、後に残るのは温度と静けさだけ。


女性は一口食べ、目を閉じた。


『……弾き終わったあと、誰もいないホールに残る感じ』


店長

「拍手がなくても、音は消えていません」


『……はい』


もう一口。

ゆっくり、確かめるように。


『最近、生徒の音ばかり聴いていて……自分の音を、置いてきた気がします』


店長

「今日は、ここに置いていきましょう」


『……置いていって、いいんですか』


店長

「ええ。一度きりの店ですから」


女性は、デザートを食べ終え、スプーンを置く。

その仕草は、レッスン終わりに鍵盤から手を離すときに似ていた。


サポーターの男が、そっと鞄を差し出す。


サポーターの男

「……忘れ物は、ありません」


女性は楽譜を鞄に戻し、立ち上がる。


『……明日、生徒の前で、少し弾いてみます』


店長

「間違えても、止まらずに」


女性は小さく笑い、深く一礼した。


扉が閉まる。


店内には、何も鳴っていないのに、

確かに一曲分の余韻だけが残っていた。


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