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AIレストランへようこそ-来店は一度だけ-  作者: おでんし


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60/80

サイレンのあとに、噛む時間

プロンプト

登場人物:救急隊員 30代 男性

静かな扉の音とともに、男が入ってくる。


『……遅くに、すみません』


「いえ、ようこそ。店長です」


カウンターの奥で、店長は一枚のカードに目を落とす。

個人認証カード:救急隊員/30代/男性

染みついた緊張、夜の連続、誰かの「今」を背負う仕事。


「サポーターの男、下ごしらえを」


「「了解です」」


店長は火を弱め、音を立てない鍋を選ぶ。


「店長から最初の一品を出します。

“戻ってくる場所”を思い出せるように」


差し出された湯気は、強くない。


《白だし仕立ての柔らか鶏雑炊》


鶏はほぐしすぎず、米は形を残し、塩気は最低限。

噛むほどに、身体の奥でほどけていくような温度。


『……救急車の中って、いつも音が多いんです』


「ええ」


『サイレン、無線、呼吸の音。

止めちゃいけない時間ばかりで』


店長は頷くだけで、言葉を足さない。


『ここ、音が少ないですね』


「今は、止めていい時間です」


男は一口、また一口と、ゆっくり箸を進める。

肩が、わずかに下がる。


「“誰かを救う前に、まず自分が戻る”

そのための一品です」


サポーターの男が、そっと湯を足す。


『……助かります』


店の時計は鳴らない。

この店は、一度きり。

だからこそ、この一杯は、確かにここに残る。


男は器を置き、しばらく手のひらで温もりを確かめていた。


『……さっきの現場で、助けられなかった人がいました』


店の空気が、わずかに沈む。


「そうでしたか」


店長は、あえて慰めの言葉を選ばない。


『判断は間違ってなかったって、頭では分かってるんです。

でも、帰りの車内で、手が震えて』


「ええ」


店長は包丁を置き、男の目線と同じ高さで話す。


「救急隊員は、“結果”より先に“行動”を積み重ねる仕事です。

その震えは、怠けじゃない。感覚がまだ生きている証です」


サポーターの男が、次の皿を運ぶ準備をする。


「二品目です。

“戻れなかった時間を、静かにほどく”料理です」


《焼き根菜の温かい胡麻和え》


人参、蓮根、牛蒡。

火を通しすぎず、噛むたびに土の甘みが広がる。

胡麻はすり切らず、粒を少し残してある。


『……歯応えが、いい』


「噛む、という行為は“今ここ”に戻す力があります」


男は、無意識に呼吸を整えながら食べる。


『現場では、噛むことも忘れてます』


「でしょうね」


『助ける側が、壊れてはいけないんですよね』


「壊れない人はいません。

“壊れたまま動き続けない”ことが大切なんです」


サポーターの男が、静かに水を替える。


『……ここに来てよかった』


店長は、小さく微笑む。


「この店は、次はありません。

だから、今日の感覚を持ち帰ってください」


器の中の根菜は、いつの間にかなくなっていた。

男の背中から、夜の張りつめた線が一本、消えている。


店長は、甘味の準備に取りかかる。


「次で最後です。

“終わりを、責めずに受け取る”ための一品を出します」


店長は火を止め、しばらく鍋の余熱だけを残した。


「サポーターの男、お願いします」


「「はい」」


静かに置かれた小さな器。

湯気はほとんど立たず、甘さも香りも控えめだ。


《温めた林檎と白味噌の甘味》


林檎は煮崩さず、白味噌はごく薄く溶かしてある。

甘いのに、懐かしく、どこか食事の終わりを告げる味。


『……甘いのに、落ち着きます』


「ええ。

“終わった”と身体に伝える味です」


男はゆっくり匙を動かす。


『助けられなかった人の顔って、

どうしても残るんですよ』


「残ります」


『忘れた方が、楽なんでしょうか』


店長は首を横に振る。


「忘れる必要はありません。

ただ、“連れて歩かなくていい距離”に置くんです」


サポーターの男が、そっと照明を落とす。


『距離、ですか』


「ええ。

思い出は、抱え続けるものじゃない。

“棚に置く”ものです」


男は最後の一口を口に含み、目を閉じる。


『……これなら、明日も現場に戻れそうです』


「それで十分です」


店長は器を下げ、カウンターを拭く。


「あなたは、今日も誰かの“今”に立ち会った。

それは、失敗ではありません」


男は立ち上がり、深く一礼する。


『ありがとうございました』


扉が閉まる。

足音が遠ざかる。


店内には、もう客はいない。


サポーターの男が、義手でゆっくりと椅子を整える。


「「今日も、重い夜でしたね」」


「ええ」


店長は灯りを落とす。


「でも、ちゃんと戻っていった。

それで、この店の役目は終わりです」


火は消え、

一度きりの店も、静かに幕を下ろした。

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