アニメクリエイターへ捧げる有休の品々
プロンプト
登場人物:アニメクリエイター 女性 24歳
――いらっしゃいませ。
薄暗い店内。湯気が静かに立ちのぼり、カウンターの向こうで店主である“私”が包丁を置く。
横では、無骨な義手を軋ませながら“サポーターの男”が黙って皿を温めている。
今日のお客様は――
アニメクリエイター 女性 24歳。
最初の一品は、恒例の「個人認証カード」から読み取った“あなたそのもの”を料理にする。
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■一品目:
『光彩スケッチ・ポタージュ』
真っ白なスープの表面に、色とりどりの絵の具のような野菜ペーストが薄く広がっている。
風が吹けば揺れそうなほど繊細な模様で、まるで原画の淡いタッチ。
店主「君のカードには“徹夜の跡”と“締切の影”、そしてその奥に“想像のきらめき”があった。
だから、このスープは“光”だ。
気力が尽きそうなときでも、描く人の芯を温めてくれる。」
サポーターの男が、そっとパンを添える。
義手の金属音が一瞬鳴るが、彼は何も言わない。
ただ、あなたがそのスープの“最初のひと口”をどう味わうかだけを見つめている。
店長がいつものように、「どうぞ」と女性へ伝えた。
女性が手を合わせ、
『店長さん。ありがとうございます。
助手の方もパンありがとうございます。
いただきます。』
と微笑んだ瞬間、店内の空気が、ふっとやわらかくなる。
サポーターの男は照れたように視線をそらし、義手の関節をカチ、と鳴らした。
言葉は返さないが、その仕草は確かな「どういたしまして」だ。
私(店長)は軽く会釈する。
「こちらこそ、ようこそ。
そのひと言で、厨房が一度明るくなるようだ。」
女性がスープを口に運ぶ。
彩りの模様がすっと崩れ、温かさが喉へすべり落ちていく。
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やがて彼女は、静かにスプーンを置いた。
その表情には“まだ続きが欲しい”という、創作者に特有の微かな合図。
店長は笑い、次の仕込みに手をかける。
「では……二品目、お出ししましょうか。」
女性の言葉は、柔らかいのに芯があって――
「お願いします。何が出てくるか楽しみです。」
その一言が、まるで次の原画の一線を引くように、店内に期待の色を灯す。
サポーターの男は無言で頷き、義手でカウンターをトン、と一度軽く叩く。
「準備、整ってるぞ。」という彼なりの合図。
私は包丁を握り直し、二品目を静かに紡ぎ始める。
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■二品目:
『光るコマ割りのミルフィーユ』
薄いパイ生地とほんのり甘いカスタード、
そこにベリーの酸味を“コマ割り”のように層ごと配置したひと皿。
角度によって層が透けて見え、
まるで一枚一枚が“動き出す前のセル画”のよう。
店長「クリエイターの君には、“物語を重ねる力”がある。
だからこれは、君の手で重ねてきた時間の味だ。」
サポーターの男がミルフィーユを丁寧に皿へ滑らせながら、
低い声でひと言つぶやく。
サポーターの男「……崩すの、遠慮はいらん。」
それは、
“大丈夫、作品のように自由に食べていい”
という不器用な優しさ。
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どうぞ、召し上がれ。
あなたがどんな風にこの皿を味わうのか――
それを楽しみに見ています。
女性が皿を前に目を輝かせ、
『美味しそう! いただきますー!!』
と声を弾ませた瞬間――
その明るい響きに、サポーターの男の肩がほんのわずか揺れた。
興奮の色を、義手越しでも確かに“聞き取った”のだ。
サポーターの男は目線を落とし、
無骨な義手の指先でカウンターの端をそっと叩く。
カチ、カチ、と控えめなリズム。
まるで
「甘味だったの、意外だったか……でも、悪くないだろ?」
と、言葉にできない照れ隠し。
店長である私は、思わず口元をほころばせる。
「創る人には、甘さが必要なときがある。
締切の前ほど、糖分は武器になるんだ。
だからあえて、君には“甘い前菜”を出した。」
女性がフォークを入れると、
パイの層がサクッと軽やかにほどけ、
ベリーの香りと甘みがふわりと立ちのぼる。
そのひと口目を味わう表情を、
サポーターの男は黙って、しかしどこか満足げに見守っていた。
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やがて皿が半分ほど減ったころ、
店長はふと問いかける。
「さて……次の皿は、甘さとは違う刺激を出してみようか。
欲しいものがあれば、言ってくれていい。」
女性が元気よく、しかし丁寧に、
「ではお言葉に甘えて、サッパリした料理をください!」
と告げた瞬間――
店内の空気が、ひとつ澄んだ。
サポーターの男は、その弾む声を聞き取り、
義手の関節をコキ、と心地よく鳴らした。
それは、
「了解した。次は軽やかな皿だな。」
という無言の合図。
私は包丁を握り、静かに頷く。
「甘味を楽しんだ後の“切り替え”……
創る人はその瞬間が一番、心が軽くなるものだ。
任せなさい。」
サポーターの男が冷蔵庫を開け、
柑橘の香りがふわりと広がった。
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■三品目:
『月光シトラスのカルパッチョ』
薄く削いだ白身魚に、
レモンとすだちのジュレを星屑のように散らし、
上からは微細なハーブを“月光”のようにふりかけた一皿。
皿全体が淡く光って見えるほど、透明感がある。
店長「君の声が弾んでいたからな。
その軽やかさを、そのまま料理に写した。
口に入れれば、少しだけ世界が澄んで見えるはずだ。」
サポーターの男が皿をそっと差し出す。
義手の動きは丁寧で、どこか誇らしげ。
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どうぞ、お召し上がりください。
そのひと口が、次の創造の呼吸を整えてくれるはずです。
女性が箸を止め、こちらをまっすぐ見つめて話し始めた。
「実は、次の作品の原画のリーダーを任されたの。
ここ最近ずっと仕事に注力して、朝はバナナとコーヒー、
お昼はコンビニ、夜は冷凍食品や惣菜……もう飽きちゃって。
それで、有休を思い切って使って色んなお店を回っていたのよ。
ここが今日一番のお店だわ!」
その声は、どこか疲れをまといながらも、
カルパッチョの酸味で呼吸を取り戻したように、ふわりと明るかった。
サポーターの男が、その言葉を聞いた瞬間、
義手の指先が “カチ” と一度だけ鳴る。
それは彼なりの、
「よく頑張ってるな」
という、不器用な敬意の音。
私はゆっくりとカウンターに手を置き、女性を見つめた。
「原画のリーダー……それは立派な役目だ。
食べる時間が削られ、味の楽しみが薄れてしまうのも無理はない。
だからこそ、今日ここで元気を取り戻してくれたなら、
店主として、これほど嬉しいことはない。」
カルパッチョの残りを見て、
女性が再び食べ進めようとする手元は、すでにしっかりと力を取り戻している。
サポーターの男が小さく息を吐き、
温めていた皿を私の方へそっと差し出す。
まるで、
「次の一皿、準備してある。店長、頼む。」
と言っているようだ。
私は頷き、
その皿に最後の仕上げを施す。
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■四品目:
『原画舞う、再始動のブロス』
透き通った黄金色のスープ。
具材は最小限、旨味は最大限。
第一線のアニメーターが“締切前に静かに深呼吸する瞬間”を料理にしたような一杯。
柔らかい鶏肉と香味野菜、
そして表面には細い柚子皮をほんの少しだけ――
まるで新しい線を引く前の“最初の筆先”のように。
店長「これは君の“再始動の一杯”。
明日、自分の机に戻ったとき、
最初に描く線が迷わないように……そう願いを込めた。」
サポーターの男は黙って、しかし確かな目で女性を見守っている。
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どうぞ。
今日という“有休の一日”が、
あなたの次の作品に静かに息を吹き込むものでありますように。
女性がレンゲを口に運び、
ほっとしたように目を細める。
『最初のスープとは違って、お肉が美味しいです!
だいぶお腹も満足してきました。』
その声は、満たされていく胃袋だけでなく、
ずっと酷使されてきた心までも柔らかくほどけていくようだった。
サポーターの男は、その言葉に気づくと、
義手の指を“コトン”と一度だけカウンターに置いた。
それは、
「お前のその感想、ちゃんと聞いたぞ」
という彼なりの返事。
私は小さく笑って頷く。
「最初の一杯は君の“疲れ”を温めるため。
今の一杯は、“明日に向かう力”をつくるため。
同じスープでも、役目はまったく違うんだ。」
女性の顔色は、来店したときよりもずっと柔らかい。
飲み込むたび、肩の緊張がひとつずつ消えていく。
サポーターの男が控えめに店長へ視線を送る。
その意味は分かっている。
「そろそろ、締めの一皿を出す頃だ。」
私はスープ鍋の火を落とし、
奥の台に置いてあった器を取り出す。
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■五品目(最後の皿):
『静寂のフィナーレ・白き雫のデザート』
ほんのり甘いミルクのムースに、
薄く削った氷菓をふんわり重ねた、雪のような一皿。
甘さは控えめ、喉をとおる感触は軽く、
満腹でもすっと溶けて消える“終わりの一口”。
店長「この一皿で、今日という旅は締めくくりだ。
重くならず、ただ静かに、“よし、また頑張ろう”と思える味にしてある。」
サポーターの男がそっと皿を差し出す。
義手の動きは驚くほど優しく、
まるでガラス細工を扱うようだった。
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どうぞ、お召し上がりください。
これが、この店でお出しする最後のひと皿。
「“二度と来ない”お約束の中で、
あなたの今日だけは、ここに置いていきなさい。」
約束事を店主が伝えつつ、最後のひと皿を女性へ提供した。
『次来ることはできないのが残念だわ。
どうしてもまた来ることはできないの?』
女性のその言葉が落ちた瞬間、
店内の空気がすこし揺れた。
その問いには、
料理の味よりもずっと深い想いが込められていた。
サポーターの男は、義手の指先を止めたまま動かない。
まるで彼も、その質問の重さを受け止めているかのように。
私はゆっくりと女性の方を向き、
どこか申し訳なさそうに、しかし優しく答える。
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「この店は——“今日にしか開かない店”なんだ。
誰が来ても、一度限り。
だから料理も、言葉も、出会いも、全部“今日のあなた”のためだけに作られている。」
少し間を置き、
続けて言葉を落とす。
「でもね……
君がまた疲れたとき、
また迷いそうになったとき、
また心が乾きそうになったとき……
どこかの街で“別の店”として、きっと出会う。
名前も味も変わっているかもしれない。
けれど、君が必要としたその瞬間に、
私はまたそこにいる。」
サポーターの男が、義手で小さくカウンターを“トン”と叩く。
それは、
「この約束だけは、嘘じゃない」
という無言の保証の音。
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店長は静かに微笑む。
「だから、今日のこの皿を忘れなければ、
君はまた“どこかで私たちに会える”。
同じ店じゃなくても……
同じように君を迎える場所として、ね。」
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その言葉が、女性の悲しみを少しでも和らげたなら。
それだけで、この店の役目は果たされたのだ。
女性が最後のひと口を静かに飲み込み、
皿の上にスプーンをそっと置く。
『そうね。嫌なこと聞いてごめんなさい。
約束は、約束だものね。』
その声は、少し寂しさを含みながらも、
どこか吹っ切れたようなあたたかさがあった。
サポーターの男は、その言葉にゆっくりと頷き、
義手でカウンターを “コトン” とやさしく叩いた。
それは、
「わかってる。責めてなんかいない。」
という、不器用でまっすぐな優しさ。
店長である私は、柔らかく微笑む。
「謝る必要なんてないさ。
誰だって、おいしい時間が終わるときは名残惜しいものだよ。」
女性の前の皿は、きれいに空になっている。
料理人として、これほど嬉しい景色はない。
「今日、君がここで話してくれたこと。
味わってくれた一皿一皿。
それらは全部、君の明日の線を支える“栄養”になる。
それで十分だ。」
サポーターの男は、静かに立ち上がり、
義手で店の小さな木札を裏返す。
「本日閉店」の文字。
店内には、もう女性と、店長と、サポーターの男だけ。
私は一言だけ、心を込めて告げる。
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「またどこかで——君が必要としたその瞬間に。」
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それが、この店の唯一の約束だった。




