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AIレストランへようこそ-来店は一度だけ-  作者: おでんし


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訳さなくていい声を降ろす夜

プロンプト

登場人物:通訳ガイド 50代 女性

店の扉が静かに開く。

外の気配を一歩置いて、女性が席に着く。


店長は小さくうなずき、カウンターの奥で一枚のカードを受け取る。

——登場人物の個人認証カード。


「店長、確認しました。言葉を預かる仕事、ですね」

「長い時間、人の声と意味の間に立ってきた方だ」


サポーターの男が、義手で丁寧にカップを並べる。

金属が触れる音は、なぜかやわらかい。


「最初の一品は、これにしましょう」

店長は火を弱め、鍋をゆっくりとかき混ぜた。


《境界をほどく澄ましスープ》


透明な琥珀色。

香味野菜と鶏の旨みを、言葉のように削ぎ落とした一杯。


「訳さなくていい時間のためのスープです」

「意味も、正しさも、今日は置いていってください」


女性はスプーンを持ち、少し間を置いて口に運ぶ。


『……静かですね』


「ええ」

「沈黙も、立派な母語です」


サポーターの男が、そっと水を足す。

女性の肩から、わずかに力が抜けたのを、店長は見逃さなかった。


一品目は、言葉の仕事を終えた喉に、

“何も訳さなくていい”という許可を与えるための料理だった。


スープの余韻が、カウンターの上に静かに残る。

女性は深く息を吐き、窓の外を一度だけ見た。


『いつも、誰かの代わりに話してきました』

『正確であることが、何より大切で……』


「ええ」

「通訳は、前に出ない仕事ですからね」


サポーターの男が、義手で布巾を折り、音を立てずに皿を置く。

店長は次の鍋を火にかけた。


「二品目は、“声の疲れ”に触れます」


《声を降ろす温野菜と白いソース》


蒸した根菜と葉野菜。

そこにかかるのは、牛乳と少量のバターだけで作った、淡い白。


「主張しない味です」

「どの言語にも寄らない」


女性はフォークを置き、箸に持ち替える。

その仕草が、仕事と私の切り替えのようだった。


『ガイドの途中で、急に不安になることがあります』

『この説明で合っているのか、文化を壊していないか』


「壊れてしまうものなら、最初から脆い」

「あなたは橋を架けてきただけです」


一口、また一口。

野菜は噛むほどに甘く、白いソースは余白のように広がる。


サポーターの男が、静かに言う。

「……今日は、渡らなくていいですね」


女性は少し驚き、そして微笑んだ。


『はい。今日は、こちら側にいます』


店長は火を止める。


「次が最後です」

「通訳でも、ガイドでもない時間を、終わらせる甘味を出します」


厨房に、砂糖が溶ける音がした。


鍋の中で、砂糖が音を立てずに溶けきる。

火は極弱。焦らせない温度。


サポーターの男が、義手で小さな皿を温めている。

その動きは、急がず、ためらわず。


「最後の一品です」

店長は皿を差し出した。


《訳さなくていい夜のミルクプリン》


卵は使わない。

言葉を足さないための、白。


「甘さは控えめにしました」

「説明しなくても伝わる程度に」


女性はスプーンを入れ、静かにすくう。

口に運んだ瞬間、目を閉じた。


『……誰の声でもない』


「ええ」

「あなたの中に残っていた音です」


しばらく、三人とも言葉を出さなかった。

沈黙は、重くも軽くもなく、ただそこにある。


『私、通訳をしていない時の自分を、忘れかけていました』

『でも……無くなったわけじゃなかったんですね』


「無くなるものは、最初から持っていません」

「あなたは、預けていただけです」


サポーターの男が、静かに皿を下げる。

義手が触れる音は、もう気にならない。


女性は立ち上がり、深く一礼した。


『今日は、私の言葉に戻れました』


「それで十分です」

「この店は、ここまで」


扉が閉まる音。

夜は、外で続きを待っている。


——言葉の橋を渡らない、ただの人として。

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