表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
AIレストランへようこそ-来店は一度だけ-  作者: おでんし


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

58/78

言葉を割らない夜

プロンプト

登場人物:作詞家 50代 男性

店の扉が、静かに音を立てて閉まる。


「いらっしゃいませ。店長です」


カウンターの奥で、義手の男が無言でうなずき、布巾を整える。


作詞家の男は、コートを脱ぎ、少し肩を落として腰を下ろした。


『……言葉を使う仕事を、もう三十年ほどやってます』


店長は、差し出された登場人物の個人認証カードに目を落とす。

年齢、職業、そして長く積み重ねてきた時間の重み。


「承りました。最初の一品は、言葉を“探さなくていい”ところから始めましょう」


サポーターの男が、鍋に火を入れる。湯気は控えめで、音も立てない。



《白葱と昆布の澄まし椀》



器が置かれる。香りは淡く、主張しない。


「店長、この一品は“書かない時間”のための椀です」


『……書かない時間、ですか』


「ええ。作詞家さんは、常に言葉を探してしまう。

 でも今日は、言葉が向こうから来るのを、待つ側で」


サポーターの男が、低く一言だけ添える。


「噛まなくていいです。飲むだけで」


男は、静かに椀を持ち上げる。

ひと口含み、目を閉じた。


『……何も浮かばないのに、落ち着きます』


「それで十分です。最初の一品は、空白を取り戻す料理ですから」


店内には、湯気と静けさだけが残る。

次の一品は、まだ語られない。


作詞家の男は、空になった椀をそっと置いたまま、しばらく動かなかった。


『……昔は、言葉が勝手に溢れてきたんです』

『今は、ひとつ書くたびに、正しいかどうかを考えてしまう』


店長は、火を落とした鍋から目を離さず、うなずく。


「五十代になると、“上手く書ける言葉”と“本当の言葉”が、ずれ始めることがあります」


サポーターの男が、包丁を置き、音を立てないように身を引く。


「次は、そのずれをそのまま残す料理にしましょう」



《焦がし醤油の焼きおにぎり》



香ばしさが、先ほどの澄まし椀とは正反対に広がる。

形は少し不揃いで、焦げ目も均一ではない。


『……きれいじゃないですね』


「ええ。整えていません」


店長は、あえて言葉を選ばずに続ける。


「歌詞も同じです。

 削りすぎると、焦げ目まで消えてしまう」


サポーターの男が、小さく補足する。


「崩れてるところが、いちばん味があります」


男は、箸で割り、湯気を逃がす。

中からは、白い米と、少しだけ残った芯。


『若い頃は、評価される言葉を書こうとしてました』

『今は……何を書きたいのか、わからなくなる』


「わからなくなった時期にしか、書けない歌もあります」


店長は、男の皿を下げず、そのまま置いた。


「今日は、完成させなくていい。

 途中のままで、噛んでください」


男は黙って、二口目を口に運ぶ。

噛むたび、焦げと甘みが遅れてやってくる。


『……まだ、続けてもいいんですかね』


店長は、初めて火元から目を上げ、まっすぐに答えた。


「続けるかどうかを、決めなくていい時間を、今は食べているんです」


店の中に、言葉にならない余韻が沈む。

次に出るのは、終わりを急がない一品。


焼きおにぎりの皿は、すでに冷めている。

それでも、作詞家の男は、最後の一粒をゆっくり噛みしめていた。


『……歌って、不思議ですね』

『完成した瞬間より、書いてる途中のほうが、覚えてる』


店長は、その言葉を拾わず、代わりに湯を張った小鍋を火にかける。


「では三品目は、“途中のまま置いていい”料理です」


サポーターの男が、器を選ぶ。白でも黒でもない、くすんだ釉薬。



《割らない温玉と白出汁》



殻付きのまま、そっと器に置かれた卵。

白出汁は張られているが、まだ混ざっていない。


『……割らないんですか』


「割らなくていいです。

 割るかどうかも、今は決めなくていい」


店長は、静かに言葉を続ける。


「歌詞も同じで、完成させる前に割ってしまうと、

 中身が自分のものかどうか、わからなくなる」


サポーターの男が、短く付け足す。


「持ち帰っても、いいです」


男は、卵に触れず、出汁だけを一口すすった。


『……誰にも聞かせてないノートが、何冊もあります』

『たぶん、もう世に出ない』


「それで、かまいません」


店長は即答する。


「出なかった言葉も、

 あなたの中でちゃんと歌っています」


男は、しばらく卵を見つめ、最後まで殻を割らなかった。

だが、口元はわずかに緩んでいる。


サポーターの男が、火を止める音を立てる。


「最後は、甘いものです」


店長は、器を温めながら、低く告げた。


「終わりを、決めない甘味をお出しします」


店の灯りが、少しだけ柔らかくなった。


店内の空気が、さらに静まる。

作詞家の男は、背もたれに体を預け、天井を見上げていた。


『……もう、新しい言葉なんて出ないと思ってました』

『でも今は、出なくてもいい気がしてます』


店長は、小さな鍋をゆっくり回しながら答える。


「出ない時期は、言葉が眠っているだけです。

 起こさなくていい夜も、あります」


サポーターの男が、最後の器を差し出す。

白く、軽く、持つと少し温かい。



《蜂蜜と柚子皮の葛寄せ》



透明に近い葛が、灯りを受けて揺れている。

甘さは控えめで、柚子の香りが遅れて届く。


『……終わりって感じがしませんね』


「ええ。終わらせていません」


店長は、はっきりと言った。


「この店は一度きりですが、

 あなたの中の歌は、今日で閉めなくていい」


サポーターの男が、静かに補足する。


「冷めても、味は変わりません」


男は、匙で一口すくい、しばらく舌の上に置いた。


『……書けなくなったんじゃなくて』

『書かなくても、よくなっただけかもしれませんね』


「それに気づけたなら、今日は十分です」


店長は、深く一礼する。


「また言葉が欲しくなったら、

 書く前に、何も書かない時間を思い出してください」


作詞家の男は、立ち上がり、コートを羽織る。

扉の前で一度だけ、振り返った。


『ごちそうさまでした』


「ありがとうございました」


扉が閉まる。

店内には、もう次の客を待つ準備はない。


サポーターの男が、最後にぽつりと言う。


「いい余白でしたね」


「ええ」


店長は灯りを落とし、誰にも書かれない歌の余韻を、静かに片づけた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ