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AIレストランへようこそ-来店は一度だけ-  作者: おでんし


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52/81

効果の無い夜

プロンプト

登場人物:薬剤師 男性 40代

扉が、静かに閉まる。


サポーターの男が、何も言わずに椅子を引いた。

店内には、薬草を乾かしたような、ほのかな香りがある。


店長は、カウンター越しに一枚のカードを受け取る。

そこには、職業と年齢、そして積み重ねてきた時間だけが、簡潔に記されていた。


「……薬剤師、40代。毎日、人の体と数字と責任に向き合っている手だな」


火を入れる音は控えめに、鍋は静かに温める。

最初の一品は、“役割”を外すための皿だ。



《秤を置く白い根菜の澄まし煮》


澄んだ出汁に、柔らかく煮た大根と蕪。

薬味は最小限、噛むたびに水分がほどけるように仕上げてある。


「店長はな、最初の一品では“正しさ”を使わない。

 今日は、効き目も用量も、考えなくていい」


器を置くと、湯気が静かに立ち上った。


『……匂いだけで、肩が下がりますね』


「それでいい。

 この店では、“間違えない人”じゃなくて、“休んでいい人”でいればいい」


サポーターの男が、水を置く。

義手の金属が、かすかに光った。


男はスプーンを取り、ゆっくりと口に運ぶ。

噛む、というより、ほどける感覚。


『味が……主張しない。なのに、ちゃんと残る』


「薬と同じだ。

 必要な分だけ、体に残ればいい」


店内に、時計の音はない。

ただ、湯気が消えていく時間だけが、静かに流れていた。


二品目の準備をしながら、店長は男の背中を見ている。

少しだけ、呼吸が深くなっているのを確認しながら。


鍋の火を、さらに一段落とす。

強くする理由は、もう無い。


サポーターの男が、無言で次の皿を運ぶ準備をする。

義手の動きは相変わらず正確だが、どこか余白が生まれていた。


店長は、男の横顔を見ずに話す。


「次はな、“判断し続ける頭”を休ませる皿だ」



《処方箋を閉じる麦と鶏の温皿》


柔らかく炊いた押し麦。

低温で火を入れた鶏むね肉。

塩は控えめ、香りは麦そのものを残す。


「薬剤師ってのは、

 “迷ってはいけない時間”が長い仕事だ」


皿を置くと、湯気がふわりと広がる。


『ええ……間違えないように、

 いつも頭の中で、何度も確認しています』


「今日は、その確認を止めていい」


店長は、スプーンを少し手前に置いた。


「噛む回数も、順番も、決めなくていい。

 効かせようとしなくていい」


男は、麦を一口すくう。

次に鶏を、そしてまた麦を。


『……味が、一定ですね』


「そうだ。

 上下も、強弱も、無い」


サポーターの男が、小さくうなずいた。


『毎日、患者さんに説明するとき、

 “同じ説明”をしているつもりでも、

 実は、毎回気を張っていて……』


「それは、真面目な証拠だ」


店長は、鍋の蓋を閉めた。


「でもな、真面目な人ほど、

 自分にだけ“休薬期間”を与えない」


男の手が止まる。

スプーンを置いたまま、湯気を見ている。


『……休薬、ですか』


「そう。

 ずっと飲み続ければ、

 効かなくなるもんもある」


店内は、しんと静まり返る。

押し麦の器は、ほとんど空になっていた。


店長は、最後の火を入れる準備を始める。

甘味ではあるが、慰めではない。


「最後は、“役に立たなくていい時間”を出す」


サポーターの男が、そっと灯りを落とした。


三品目の皿は、もうすぐ完成する。


火を止める。

完全に、だ。


サポーターの男が、静かに器を温め直す。

店内の灯りは、少しだけ柔らかい色に変わった。


店長は、男の前に小さな皿を置く。

量は多くない。説明も要らない。



《効能を持たない蜂蜜とミルクの静かな甘味》


温めたミルクに、ひとさじの蜂蜜。

香り付けも、飾りも無い。


「これはな、

 何にも効かない」


男が、少し驚いたように顔を上げる。


『……何にも、ですか』


「血糖も、睡眠も、集中力も。

 改善もしないし、予防にもならない」


サポーターの男が、スプーンを添える。


「ただ、

 甘いだけだ」


男は、しばらく眺めてから、口に運ぶ。

ゆっくりと、喉を通る。


『……久しぶりに、

 “理由のない味”を食べた気がします』


「だろうな」


店長は、カウンターに肘をつかない。

距離は、保ったままだ。


「お前さんは、

 “意味が無いもの”を、

 普段、口にしない」


男は、否定しない。


『患者さんの前では、

 無駄なものは、勧められませんから』


「今日は、患者はいない」


ミルクは、もう半分以上なくなっている。


『……役に立たなくても、

 食べていいんですね』


「ここではな」


店長は、短く息を吐く。


「この店は、一度きりだ。

 明日から、また正しい世界に戻る」


男のスプーンが、止まる。

そして、最後の一口を、ゆっくりすくった。


『……分かりました』


皿は、空になった。


サポーターの男が、会計の皿を置く。

金額は、書かれていない。


店長は、最後に一言だけ残す。


「効かない時間を、

 覚えておけ」


男は、立ち上がる。

背筋は、来た時よりも、少しだけ緩んでいた。


扉が閉まる。

もう、二度と開かない。

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