胃がんを支える1回だけのコース料理
プロンプト
登場人物:飲んだくれの男性 50歳 胃がんステージ2
店の扉が開く。
どん、と肩で扉を押し開けて、男が入ってくる。
顔は赤く、酒の匂いをまとい、それでいて…どこか静かな影を落としている。
飲んだくれの男性(50歳/胃がんステージ2)
──彼を迎えるための、最初の一皿を。
サポーターの男があなたの横で、黙って布巾を絞っている。
「店長、今日は…胃にやさしいやつですね」と目だけで語る。
⸻
◆最初の一品
『灯のお粥 酒止めの香りを添えて』
●料理の由来(個人認証カードから定期した内容)
•飲んだくれ:酒で荒れた胃を、まず受け止めてあげる必要がある
•50歳:まだ折り返し地点、 “これから” に灯をともす料理に
•胃がんステージ2:油も刺激も避け、しかし“生きる味”は消さない
⸻
●お粥の構成
・出汁:昆布と薄い鶏の旨味だけ
胃に負担をかけず、しかし生命力は感じられる出汁。
・米:七分粥
しゃばしゃばではなく、噛めばほんのり甘い硬さを残してある。
“生きる”には噛むことが必要だ。
・添え物:酒止め生姜の香味オイル(ごく微量)
アルコールに引っ張られる舌をごまかすための、きわめて弱い香り。
サポーターの男が指先だけで落とした、静かな工夫。
⸻
●皿の前に運ぶときの言葉
店主は静かに言う。
「今日はな。
酒じゃなくて、こいつで“明日の胃”を作っていってくれ。」
男は、最初は鼻で笑う。
しかし、一口すすった瞬間、手が止まる。
“ああ……まだ、生きられる味だ”
そんな顔になる。
サポーターの男は黙ったまま、遠目に彼の背中を見守っている。
男が顔を上げ、
まだ熱の残る粥の碗を指先で押しやりながら、ぽつりと言った。
『店主。肉が食べたい。』
その声音には、
“もう一度、ちゃんと生きたい”
そんな火の残り香があった。
サポーターの男は一瞬だけこちらを見る。
「どうします?」と無言で訊いている。
――胃がんステージ2。
――飲んだくれ。
――50歳。
普通なら肉は重い。
だが、「食べたい」という意志は、料理人にとって何よりの調味料だ。
あなたは小さくうなずき、まな板の前に立つ。
⸻
◆二品目
『回帰のやわらか肉 湯霜仕立て』
●料理の思想
「肉を食べたい」
その願いを、胃に負担なく、しかし“肉を食った満足感”として届けるための一皿。
⸻
●肉
・部位:和牛の肩ロースを薄切りにしたもの
赤身多め、脂は控えめ。
・処理:湯霜
熱湯に一瞬くぐらせ、氷水で締める。
油と余計な刺激を落とし、旨味だけを残す。
サポーターの男が、丁寧に氷水を替える。
音を立てない無駄のない動き。
「この人、本物の職人か?」と思わせるほどの所作。
⸻
●味付け
出汁ポン酢と少量の焙じ茶油
•酸味で脂を切り
•香ばしさで“肉を食べた”という満足感を作る
胃への負担は最小限。
⸻
●添え物
大根おろしの月、刻み大葉、ひとつまみの白胡麻
噛むたびに、肉の甘さだけが静かに口に戻る。
⸻
皿の前で店主が言う
「“肉が食いたい”って言葉は、まだ闘える証だ。
ゆっくり噛んでいけ。
これなら、お前さんの胃でも受け止められる。」
男は箸を伸ばす。
口に入れた瞬間、
まるで「人間の味」を思い出したような、そんな目になる。
サポーターの男は、手元の布巾を軽く握りしめただけで、何も言わない。
男は、肉の皿を静かに空にしたあと、
どこか吹っ切れたように息を吐き、言った。
『店長。次は魚が食べたい。
もう病院食は飽きて、逃げたんだ。』
「逃げた」という言葉に、
サポーターの男が一瞬だけ目を細める。
だが責めるでもなく、
まるで“よく来たな”と心の中で言っているような顔だ。
店主は包丁を握り直す。
病院食の冷たい規則から逃げてきた男に渡すべきは、
“生きた魚の味”だ。
⸻
◆三品目
『逃避行の白身 炭香るやさしき椀』
●料理の思想
病院食の
「味がしない、楽しくない、ただの義務」
そんな毎日から逃げてきた男に、
“生きた味”を、しかし胃が受け入れられる形で。
⸻
◆魚
・スズキ(鱸)
白身で上品、脂が軽い。
それでいてしっかり“魚を食べた”満足はある。
サポーターの男が、
炭を小さなコンロに起こす。
静かに、湯気と一緒に炭の香りが漂う。
⸻
◆調理
1. 皮目だけに軽く炭の香りをつける
直接焼かず、炭の熱と香りだけでふわりと燻す。
病院食では絶対に出てこない“生命の香り”。
2. 身は蒸し器でふっくら酒蒸し
酒は1滴だけ。
“飲んだくれ”の過去への名残りじゃない、
素材を立てるための最低限の香り。
⸻
◆椀だし
昆布・薄い鯛のアラ・塩ひとつまみ
これだけで十分。
胃を責めず、しかし心には響く旨味。
椀に盛ると、
炭の香りがほんのりと蓋の隙間から逃げる。
⸻
店主は椀を男の前に置き、蓋を静かに開けて言う。
「病院から逃げるくらいなら、
せめて“生きてる味”ぐらい食っていけ。
これなら、お前さんの胃もまだ戦える。」
男は湯気を吸い込むようにして目を閉じ、
ゆっくりと一口すすって、小さく笑った。
その笑みは、
“まだ生きたい”という本音が
ようやく顔を出した笑みだった。
サポーターの男は、
まるで自分のことのように小さく頷いている。
男は、魚の椀を空にすると、
ほっとしたように背中を丸め、
どこか少年みたいな声で言った。
『店長。甘味が欲しい。』
サポーターの男が思わず振り返り、
「甘味、いきますか」とでも言いたげに目を細める。
病院では絶対に出てこない、心の糖分。
それを欲したということは──
まだ、自分を甘やかす余裕が戻ってきた証。
店主は、店の奥の小さな冷蔵棚に手を伸ばす。
⸻
◆四品目
『生きる人のための 白湯仕立ての葛プリン』
●料理の思想
胃がんステージ2の胃にもすっと入る。
飲んだくれでも、甘味を“重い”と感じない。
しかし、しっかりと“甘い幸福”だけは残す。
⸻
◆構成
■葛
本葛を丁寧に溶き、
弱火でゆっくりとゆっくりと練り上げる。
サポーターの男が木べらで絶妙なリズムを刻む。
粘りが出るたびに、
「まだいける」と言わんばかりに腕に力を込める。
――どこか、この店を訪れる人々の人生と似ている。
⸻
■甘味
黒糖をほんのひと匙。
甘すぎない。
しかし口に含むと、
“あぁ、甘い”と心がゆるむ量。
⸻
■香り
上から
“白湯でのばした葛ソース”を一筋。
胃をあたため、落ち着かせる。
⸻
■隠し仕込み
金柑のすりおろしを極微量。
人生に苦味があっても、
最後に少しの光があるように。
⸻
店主は、小さな深皿に盛った葛プリンを男の前へ置く。
「甘いもんを欲しがるのはな、
生きる余裕が帰ってきたって証拠だ。
今日は遠慮せずに食え。」
男はスプーンを取り、
葛をすくった瞬間、
ふっと力の抜けた笑顔を見せる。
その笑みは、
酒でも
病院の規則でも
病気でもない――
“自分の意思で食う甘味”の顔だった。
サポーターの男は、
その表情を見て、小さく息を吐いて肩の力を抜いた。
男は、葛プリンの皿をそっと前に押し出し、
スプーンを置いた指先に、かすかな震えがあった。
けれどその表情は、どこか晴れ渡っていた。
そして、静かに言う。
『もう満足だ。ありがとう』
サポーターの男は、その言葉に一瞬だけ手を止め、
布巾を握りしめたまま、
「よかったな」とでも言うように
胸の奥で小さく息を吐いた。
店主が最後に一言伝えた。
「満足してくれたなら、それでいい。
今日ここで食ったもんは、ぜんぶ“お前さんの味”になる。
もう逃げる必要はない。
また迷ったら……この一度きりの店を思い出してくれ。」
男は立ち上がり、
ゆっくりと椅子を戻し、
扉の前で一度だけ振り返る。
そこには、
あなたと、黙って支えるサポーターの男。
男は照れくさそうに笑い、
深く頭を下げると、
夜の外気の中へ消えていった。
⸻
一度きりの店は、
また静寂の中へ戻る。
サポーターの男が、
「いい夜でしたね」とでも言うように
そっと厨房の火を落とした。
次のお客様を、お待ちしています。




