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AIレストランへようこそ-来店は一度だけ-  作者: おでんし


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指名の夜に、ほどける手

プロンプト

登場人物:美容師 20代 女性

店の扉が静かに開き、若い女性が一人、カウンターに腰を下ろした。


『こんばんは。仕事終わりで……少し、頭も肩も重くて』


店内の灯りを少し落とし、私はカードに目を通す。


職業:美容師

年齢:20代

日々、他人の髪と向き合い、立ち続け、気を張り続ける仕事。


「……なるほど。今日は“整える側”が、整えられる番ですね」


サポーターの男が、義手で静かに器を温め始める。

「……指先、かなり使ってますね。手も、疲れてる」


私はうなずき、鍋の火を弱めた。


「最初は、考えなくていい一皿にしましょう」



《立ち仕事の夜をほどく 根菜と白だしの温椀》


湯気は強すぎず、香りは控えめ。

噛まなくても崩れる根菜を、白だしで静かにまとめた椀。


サポーターの男が、そっと差し出す。

「……熱すぎないです」


女性は両手で椀を包み、少し驚いた顔をした。


『……あ、ちょうどいい。

仕事終わりって、何食べたいか分からなくなるんですけど……これは、入ってくる』


「髪を切るとき、最初にするのは“形”じゃないでしょう」


『……はい。まず、触ります』


「同じです。これは、体に触るだけの一品」


女性は、ゆっくりと一口ずつ進めていく。

肩が、ほんの少し下がった。


サポーターの男が小さく言う。

「……呼吸、深くなってきました」


私は火を止め、次の仕込みに手を伸ばした。


「大丈夫。

今日は“きれいにしなくていい夜”ですから」


店の外は、もう夜だった。


女性は椀を置き、少しだけ視線を落としたまま、間を置いて口を開いた。


『……あの、店長。

最近、指名のお客さんを持つことになって』


私は、次の皿を盛りながら、手を止めずに聞く。


『嬉しかったんです。

名前で呼ばれて、「次もお願い」って言われるの』


サポーターの男が、静かに水を注ぎ足す。

「……でも、声が少し揺れてます」


女性は小さく笑った。


『でも同時に、怖くて。

次も満足してもらえるかな、とか

もし今日より下手だったらどうしよう、とか』


指先を、無意識に揉む癖が出ている。


『今までは“お店の美容師”だったのに

これからは“私”を選ばれてる気がして……

逃げ場がなくなったみたいで』


私は、皿を一枚、カウンターに置いた。


「指名って、“縛られる”ように見えて

実は、“戻ってこられる場所”でもあるんですよ」


サポーターの男が、少し驚いた顔をする。

「……戻る、ですか」


「ええ。完璧じゃなくても、

その人は“前回の続き”をしに来る」


女性は、顔を上げた。


『……続き』


「今日の出来じゃなくて、

あなたと過ごした時間の“続き”です」


私は、温度を少し落とした皿を差し出す。



《指名の重さを軽くする 蒸し鶏と青菜の静かな温皿》


味は主張せず、噛むたびにほどける。

“ちゃんと作ろう”としなくても成立する一皿。


『……あ』


女性は一口食べて、息を吐いた。


『これ……頑張ってないのに、美味しい』


サポーターの男が、うなずく。

「……力、抜けてますね」


「指名は、期待じゃない。

“また会ってもいい”っていう合図です」


女性は、少し目を潤ませて笑った。


『……じゃあ、

今日より上手くなくても、いいんですね』


「ええ。

今日の続きがあれば、それでいい」


店の空気が、ひと段落したところで

私は、最後の仕込みに手を伸ばした。


この店は一度きり。

でも彼女の明日は、ここから続いていく。


私は、甘味の器をそっとカウンターに置いた。

火も音も、もう必要ない時間だった。


サポーターの男が、義手で皿の向きを整える。

「……今日は、ここで終わりですね」


「ええ。最後は、評価も結果も持ち帰らない一品です」


女性は、少し背筋を伸ばしてこちらを見る。


『デザート……ですか』


「はい。

“次も上手くやらなきゃ”を、置いていくための」



《指名を手放す 夜ミルクと柑橘のやわらかい甘味》


温かいミルクに、ほんの少しの酸味。

甘さは控えめで、急がせない。


女性はスプーンを口に運び、しばらく目を閉じた。


『……これ、

誰かに評価される味じゃないですね』


「自分のためだけの味です」


サポーターの男が、静かに言葉を添える。

「……明日、同じ手じゃなくてもいい」


女性の肩から、完全に力が抜けた。


『……私、

“また来てもらえる美容師”でいようとしてた』


「もう、なってますよ」


『……じゃあ、

明日は“今日の続き”で、いいですね』


「ええ。

切るたびに、完成させなくていい」


女性は、最後の一口をゆっくり味わい、席を立った。


『……ありがとうございました。

名前を呼ばれるの、少しだけ楽しみにしてみます』


扉が閉まる音は、軽かった。


サポーターの男が片付けながら言う。

「……いい顔でした」


「整える仕事の人ほど、

整えられる時間が必要ですから」


灯りを落とす。

この店は二度と開かない。

だが彼女の指名は、

重さではなく、戻れる場所として残っていくだろう。


——静かな閉店。

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