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AIレストランへようこそ-来店は一度だけ-  作者: おでんし


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42/79

評価を置いて、温度だけを持ち帰る夜

プロンプト

登場人物:ファイナンシャルプランナー 40代 女性


静かな店に、カードリーダーの小さな音が鳴る。


店長は差し出された「登場人物の個人認証カード」に目を落とした。

職業:ファイナンシャルプランナー/40代/女性

数字と将来設計に囲まれ、人の人生を支える側に立ち続けてきた履歴が、静かに読み取られていく。


「……今日は、計画を立てなくていい時間を、最初にお出ししましょう」


サポーターの男が、義手で丁寧に皿を温め、カウンターに置いた。



《利回りを休ませる白豆と温野菜のやわらか煮》


湯気は控えめで、香りも強くない。

噛むほどに甘みが広がる白豆と、柔らかく煮た根菜。

数字を足さなくても、答えが出なくても、ちゃんと満ちていく一皿。


「この料理は、“今は増やさなくていい”という前提で作っています」


サポーターの男は何も言わず、グラスに白湯を注ぐ。


女性は一口運び、少し間を置いて、肩の力を抜いた。


『……味を分析しなくていい料理、久しぶりです』


「ええ。今日は“評価”も“最適解”も、置いていってください」


白豆をもう一口。

彼女の視線は、もう皿の上だけにあった。


一品目の皿が下げられたあとも、女性はしばらくカウンターから動かなかった。

白湯の表面を見つめながら、無意識に背筋を正している。


サポーターの男が、次の皿を運ぶ準備をしている間、店長はその様子を見ていた。


「さきほどの料理、どうでしたか」


『……優しい味でした。

でも、優しいだけでいいのか、って考えてしまって』


言葉にした瞬間、彼女は少し苦笑した。


『お客さまにも、上司にも、

“それって正解ですか?”

“数字で説明できますか?”

そう聞かれることが多くて……』


評価の軸を探すように、指先がグラスの縁をなぞる。


『だから、何かを受け取るときも、

これは何点なのか、

役に立つのか、

ちゃんと価値があるのか……

無意識に、採点してしまうんです』


店長は頷きも否定もしなかった。


「評価を気にするのは、

それだけ人の人生を預かってきた証でもあります」


サポーターの男が、静かに二品目を置く。



《採点を外す麦ときのこの湯リゾット》


スプーンを入れると、形はすぐに崩れる。

歯応えも、数値化できる満足度も、はっきりしない。

ただ、温度だけが確かだった。


「この料理には、

“良し悪し”を決める要素を、意図的に減らしています」


『……評価しにくいですね』


「ええ。

評価しようとすると、少し疲れるでしょう」


彼女は小さく息を吐き、スプーンを口に運んだ。


噛まなくても飲み込める。

点数をつける前に、体が受け取ってしまう。


『……美味しい、って言う前に

もう、喉を通ってました』


「それで十分です」


サポーターの男が、何も言わずに湯気を整える。


女性はスプーンを置き、少しだけ目を伏せた。


『評価される側に立つのは慣れてるのに、

評価しなくていい時間には、

こんなに戸惑うんですね』


「だから、ここでは戸惑っていい」


湯リゾットの温度が、

“考えなくてもいい時間”を、ゆっくりと広げていった。


二品目の皿が空になるころ、女性の動きは目に見えてゆっくりになっていた。

スプーンを置く音も、呼吸の間隔も、先ほどまでとは違う。


サポーターの男が下げた皿の余熱が、まだカウンターに残っている。


『……頭の中が、少し静かです』


「ええ。

今はもう、考える役目を手放していますから」


店長は、火も包丁も使わず、静かに三品目の支度を始めた。

音は、布が触れる音と、器を置く音だけ。


サポーターの男が、何も言わずに小さな皿を差し出す。



《思考を置く白湯と米のとろみ》


見た目は、ほとんど何もない。

味も、説明できるほどの要素はない。

ただ、温度と、とろみだけが確かにある。


「この料理は、意味を探さなくていいものです」


女性は少し戸惑いながらも、口に運んだ。


……何も考えずに、飲み込めた。


『……評価の言葉が、浮かびません』


「浮かばなくて、いいんです」


サポーターの男は、義手でそっと湯気の向きを整え、席を離れる。


女性は、次の一口を、少し間をあけて飲んだ。

その間、眉間にしわは寄らない。

未来の計算も、過去の反省も、どこにも現れない。


『いつもなら、この時間に

“この感覚は何に使えるか”って考えてしまうのに……』


「今日は、使わなくていい」


白湯の温度が、喉から胸へ、ゆっくり落ちていく。


女性は、深く息を吐いた。

言葉は続かなかった。


ただ、器を両手で包み、

考えない時間そのものを、味わっていた。


店の中には、評価も判断も存在しない。

残っているのは、今の体と、今の呼吸だけ。


三品目の器が下げられると、店内には少しだけ、終わりを知らせる静けさが落ちた。

慌ただしさではなく、区切りとしての静けさだった。


サポーターの男が、最後の皿を両手で支え、ゆっくりとカウンターに置く。


店長は、ほんの一拍置いてから口を開いた。


「次に出るのは、終わりをやさしく告げる甘味です」



《評価を忘れる蜜りんごと温かいミルクの余韻》


煮たりんごは、形を保っているが、スプーンを入れると簡単にほどける。

甘さは控えめで、数値にできない“余韻”だけが残る。

温かいミルクが、りんごの輪郭を包み、主役を決めない味。


女性は、しばらく皿を見つめてから、口に運んだ。


……噛んだあと、すぐに飲み込まず、少しだけ待つ。


『……点数をつけようとしていない自分に、気づきました』


「それで、今日はもう十分です」


サポーターの男は、何も言わずに水を差し替える。

義手の動きは静かで、終わりを急がせない。


『明日になったら、また評価されて、

また評価する側に戻ると思います』


「ええ。戻ります」


店長は、はっきりと答えた。


「でも、評価しなくても呼吸できた時間が、

今日、体に残りました」


女性は、最後の一口をゆっくり口に運び、皿を置いた。


『……それがあれば、しばらく大丈夫そうです』


椅子から立ち上がる動作も、最初より軽い。

背筋は伸びているが、力は入っていない。


店長とサポーターの男は、言葉を添えなかった。

この店では、見送る言葉も、評価になってしまうから。


扉が静かに閉まる。


一度きりの店に、もう彼女は戻ってこない。

それでいい。


カウンターには、甘味の余韻だけが、温度として残っていた。



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