表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
AIレストランへようこそ-来店は一度だけ-  作者: おでんし


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

41/78

境界に立つ男が、沈黙を通過する夜

プロンプト

登場人物:入国審査官 30代 男性 リーダーとして一部のグループの指導者


店の扉が静かに開き、制服姿の男が一礼して入ってくる。


『ここが……一度きりの店、ですか。

長い一日でしたが、少し休ませてもらいます。』


店内の灯りを落ち着かせ、私はカウンター越しにうなずいた。


「ようこそ。あなたの個人認証カード、確かに受け取りました。

国の境界で人と向き合い、判断を重ねる役目。

今日は“判断する側”から、少し降りてもらいましょう。」


サポーターの男が、義手で静かに湯気の立つ器を運んでくる。


「肩に入った力、最初にほどく一皿です。」



《境界線を外す白湯と穀の椀》


湯気は強すぎず、ただ呼吸の速さに合わせるように立ち上る。

白湯に、砕いた麦と少量の塩。

噛まずとも、口の中で形がほどけていく。


男性は器を両手で包み、ゆっくりと口に運ぶ。


『……ああ。

普段は“通す・止める”ばかり考えているのに、

これは……考えなくていいですね。』


「ええ。リーダーである前に、一人の人間に戻る味です。

今日は、その順番でいきましょう。」


サポーターの男は何も言わず、静かにうなずく。

店内には、判断も指示もいらない時間が流れ始めていた。


男性が一品目を食べ終える頃、肩の位置がわずかに下がっているのを、私は見逃さなかった。


「次は、“何もしなくていい時間”そのものを出します。」


サポーターの男が、音を立てないように皿を置く。

義手の動きは必要最小限で、まるで空気を置くようだった。



《指示の要らない温菜》


皿の中央には、柔らかく火を入れた根菜。

形は揃えていない。切り方にも意味を持たせていない。

味付けは薄く、噛む速度も、順番も、決めなくていい。


男性は少し戸惑いながら箸を取る。


『……どこから食べても、いいんですね。』


「ええ。

正解も、手順もありません。

今日は、判断を下さない練習です。」


一口、二口。

男性の咀嚼はゆっくりになり、視線が皿から外れ、虚空に落ちる。


『部下の前だと、

“今、何を言うべきか”

“どう指示を出すべきか”

そればかり考えていました。』


「リーダーでいる限り、避けられない役目です。

ですが、常に続ける必要はありません。」


サポーターの男が、水を静かに注ぐ。

音はほとんどしない。


『……ここでは、

黙っていても、責められないですね。』


「ええ。沈黙も、立派な滞在理由です。」


男性は箸を置き、少しだけ目を閉じる。

料理はまだ残っているが、急ぐ様子はない。


判断も、指示も、責任も。

今この瞬間だけ、皿の外に置かれていた。


二品目の皿が下げられても、男性はすぐに次を求めなかった。

その沈黙を、私はそのまま受け取る。


「三品目は……音を減らします。」


サポーターの男が運んできたのは、器というより“余白”に近い皿だった。

湯気も香りも、主張しない。



《言葉の無い蒸し椀》


蓋を取ると、淡い出汁の中に、柔らかな豆腐と白身魚。

具材は少なく、配置にも意味を持たせていない。

混ぜなくていい。

説明も、感想も、いらない。


男性は蓋を取ったまま、しばらく眺めている。


『……静かですね。』


「はい。

沈黙が邪魔されないように、料理も黙っています。」


最初の一口は、音を立てないように。

二口目は、さらにゆっくり。

咀嚼の間に、何も挟まれない。


サポーターの男は、義手を膝に置いたまま動かない。

店全体が、呼吸の数だけで進んでいく。


『……部下の前だと、

沈黙は“次の指示を待たれている時間”でした。』


「ここでは違います。

沈黙は、完成形です。」


男性は小さく息を吐き、肩を預けるように背もたれにもたれる。

目線は下がり、外界から切り離されていく。


『……何も考えなくても、

自分が消えない感じがします。』


「それが、沈黙を楽しめている証拠です。」


器の中身は、いつの間にか少なくなっている。

だが、急ぐ必要はない。


この店では、

言葉を使わない時間こそが、

もっとも深く満たされる一皿だった。


蒸し椀が下げられても、店内の静けさは崩れなかった。

男性は無理に姿勢を正さず、ただ椅子に身を預けている。


「最後は、沈黙を連れて帰るための甘味です。」


サポーターの男が、小さな器を置く。

義手が触れた音さえ、ここでは一つの区切りになる。



《境界を越えない微甘の寒菓》


透明に近い寒天に、わずかな甘味。

砂糖は使わず、穀と水だけで整えた味。

噛まずに、溶かすように食べる。


男性は一口含み、目を閉じた。


『……甘いけど、

引き止められないですね。』


「ええ。

職場に戻っても、邪魔をしない甘さです。」


二口目、三口目。

食べ終わる頃には、呼吸が自然な速さに戻っている。


『判断も指示も、

また明日には必要になります。

でも……ずっと握りしめなくても、いいんですね。』


「はい。

必要な時だけ、取り出せばいい。」


サポーターの男は、何も言わずに深くうなずく。


男性は席を立ち、制服の襟を整える。

その動きに、先ほどまでの硬さはない。


『ここで過ごした沈黙、

国境の向こうには持っていけませんが……

自分の中には、残せそうです。』


「それで十分です。

この店は、一度きりですから。」


扉が閉まる。

判断も指示もない時間は、店に残らない。

だが、確かに一人の入国審査官の内側に、

静かな余白として刻まれていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ