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AIレストランへようこそ-来店は一度だけ-  作者: おでんし


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頁を閉じる速さで味わう甘味

プロンプト

登場人物:図書館司書 40代 女性 古い本が大好き



静かな扉が開き、紙とインクの匂いをまとった女性が入ってくる。


『こんばんは。少しだけ、休ませてください。』


私は頷き、カウンター奥で火を入れる。

サポーターの男は、無言で古い木のトレーを磨いている。


「個人認証カード、確認しました。図書館司書、40代。古い本がお好きですね。」

「最初の一品は、そこから作りましょう。」


サポーターの男が、小さく一度だけ頷く。


「時間を重ねたものを、無理に新しくしない料理です。」


私は静かに差し出した。


《頁をめくる湯気の根菜ポタージュ》


長く火を入れた玉ねぎと根菜を、濾しすぎず、ざらりとした舌触りを残した一皿。

仕上げに、乾燥させたハーブを指で砕き、紙魚の跡のように散らす。


女性はスプーンを手に取り、湯気を見つめてから口に運ぶ。


『……懐かしい。新刊じゃなくて、書庫にある本みたい。』


「ええ。情報は少し欠けていても、行間が残る味です。」


サポーターの男が、低い声で添える。

「急いで読まなくて、いい本ですね。」


女性は小さく笑い、もう一口すくった。

店内には、ページをめくるような静けさが流れていた。


女性がポタージュを飲み終えるころ、肩の力がほどけ、背もたれに身を預けている。

指先は無意識に、何もない空間で頁をめくる仕草をしていた。


『若い頃から、古い本ばかり読んでいて……。

誰かの書き込みや、紙の匂いまで含めて、物語だと思うんです。』


「分かります。」

私は火加減を落としながら答える。

「読み手の時間も、重なっていくんですよね。」


サポーターの男が、古い装丁の布のようなランチョンマットを、そっと置いた。

「角が丸くなった本ほど、安心します。」


私は次の皿を仕上げ、彼女の前へ運ぶ。


《余白を味わう煮込み米》


芯を少し残した米を、澄んだ出汁でゆっくり炊き、具材は最小限。

派手な香りはなく、噛むほどに、静かな旨みが広がる。


女性は一口ごとに、間を置いて食べている。

まるで、段落ごとに栞を挟むように。


『……急がなくていいんですね。

最後まで読まなくても、今日はここで閉じていい。』


「はい。」

「読み疲れたら、本は閉じていいんです。」


サポーターの男が、小さく付け足す。

「また、同じ頁から始められますから。」


女性は目を伏せ、ゆっくりと噛みしめた。

古い本を読む時間のように、長く、静かな満足が、その表情に滲んでいた。


二品目の皿が空になるころ、女性の呼吸はさらに深くなっていた。

急かされる気配は、この店にはもう無い。


私は包丁を置き、鍋の蓋を外す。

音を立てないよう、あえて火を弱める。


「三品目は、こちらから“ゆっくり”をお渡しします。」


サポーターの男が、砂時計をひとつ持ってきた。

だが、それは伏せたまま、ひっくり返されることはない。


「時間を測らない料理ですね。」

彼はそう言って、席を整えた。


私は皿を差し出す。


《頁間で冷ます白煮》


白身魚と豆腐を、ほとんど調味せず、低温で煮含めた一品。

すぐに食べてもいいが、少し置くことで、味が静かに落ち着く。


女性は箸を持ったまま、すぐには口をつけなかった。

湯気が細くなり、香りだけが残るのを待っている。


『……本を、膝に置いたまま、外を見る時間みたい。』


「そのままで、ちょうどいいです。」

「味も、考えも、追いかけなくていい。」


サポーターの男が、低く付け足す。

「余白は、店長からのサービスです。」


女性は、十分に冷ました一切れを、ゆっくり口に運んだ。

噛むたびに、焦りがほどけ、時間が平らになっていく。


『急がなくていい、って……こんなに、身体に響くんですね。』


私は静かに頷いた。


「今日は、読む速さを、ここに置いていってください。」


店の空気は、古書の間に流れる、あの穏やかな静寂へと変わっていった。


三品目を食べ終えた女性は、しばらく何も言わず、手を膝の上に置いていた。

読み終えた本を、そっと閉じた後のような沈黙だった。


私は最後の仕上げに取りかかる。

音を立てず、香りも強くしない。


「これで、栞を挟みましょう。」


サポーターの男が、小さな白い皿を運ぶ。

縁には、わずかに欠けたような釉薬の揺らぎがある。


《書架の奥に残る甘味》


長く熟成させた干し果実を、弱い火で戻し、甘さを足さずにまとめた一皿。

冷たすぎず、温かすぎず、記憶に触れる温度。


女性は一口食べ、目を閉じた。


『……昔、閉館後の図書館で、誰もいない書架を歩いた時の匂い。』


「静かに残る味です。」

「読み終わっても、しばらく消えません。」


サポーターの男が、穏やかに言う。

「また、思い出した時に、開けます。」


女性は最後の一口を大切に食べ終え、深く息を吐いた。


『今日は、たくさん読まなくていい時間をもらいました。

ありがとうございます。』


私は軽く頭を下げる。


「こちらこそ。一度きりのご来店ですから。」


女性は席を立ち、扉の前で一度だけ振り返った。

その表情は、急がない頁を胸に挟んだまま、外へ向かう人の顔だった。


扉が閉じ、店には静けさだけが残る。

サポーターの男が、伏せたままの砂時計を片付ける。


「今日も、良い読後でしたね。」


私は小さく頷き、火を落とした。


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