赦しをほどく夜 ― 沈黙から蜂蜜りんごまで
プロンプト
登場人物:神父さん 50代後半
店の扉が、音も立てずに開いた。
黒い服に身を包んだ男が、静かに一礼して入ってくる。
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「いらっしゃいませ。どうぞ、お掛けください。」
サポーターの男は、無言で椅子を引き、神父を案内する。
神父は腰を下ろし、深く息を吐いてから口を開いた。
『今日は、少し……言葉を置いていきたくて来ました。』
店内には、時計の音すらない。
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店長は、カウンターの下から一枚のカードを取り出す。
登場人物の個人認証カード
職業:神父
年齢:50代後半
日常:人の告白を受け、祈りを捧げ、沈黙を守る側
不足:自分が弱っても、口にできる場所
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「なるほど……今日は、“語らなくても許される一皿”から始めましょう。」
サポーターの男は、静かに頷き、鍋に火を入れる。
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最初の一品が、神父の前に置かれた。
《沈黙を許す白根菜のスープ》
湯気はほとんど立たず、香りも控えめ。
しかし、スプーンを入れた瞬間、底の深さが伝わる。
「言葉はいりません。温度だけ、受け取ってください。」
神父は何も言わず、スープを口に含む。
ゆっくり、ゆっくりと。
『……熱くないですね。』
「ええ。祈りの途中で、火傷しないように。」
サポーターの男は、布巾で鍋を拭きながら、ぽつりと呟く。
「この人たちは、熱さに慣れすぎてる。」
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神父の肩が、ほんの少しだけ下がった。
スープを飲み終える頃、神父は目を閉じていた。
祈っているのではない。
ただ、休んでいる。
店長は次の仕込みに手を伸ばす。
「では次は、“背負ったものを一度、椅子に置く料理”をお出ししましょう。」
静かな夜は、まだ続く。
店長は、火を弱め、ゆっくりと二品目を仕上げていく。
金属音ひとつ立てない所作に、サポーターの男も歩調を合わせる。
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「お待たせしました。」
神父の前に置かれたのは、深さのある器。
《言葉を待つ麦と豆の温皿》
香草は使っていない。
噛むほどに、麦の甘さと豆の重みが広がる料理だった。
「急がず。噛む時間が、答えになる料理です。」
神父は頷き、フォークを入れる。
一口、二口。
しばらくは、食べる音だけが店に残る。
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三口目の途中、神父の手が止まった。
『……店長。』
「はい。」
『最近……懺悔が、うまくいかないのです。』
サポーターの男の動きが、一瞬だけ止まる。
だが何も言わず、また布を畳み直した。
神父は、皿を見つめたまま言葉を続ける。
『話す側は、必死です。
それなのに私は……赦しているはずなのに、
心のどこかで、形だけになっている気がして。』
フォークで麦を崩しながら、神父は苦く笑う。
『祈りの言葉は出るのに、
相手の罪に、きちんと触れられていない。
……神父として、失格なのではと。』
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店長はすぐには答えない。
鍋の蓋を一度置き、神父と同じ高さまで視線を落とす。
「この料理、途中で止まっていいんです。」
神父は顔を上げる。
「懺悔も同じです。
“うまく終わらせる”必要はありません。」
サポーターの男が、低く付け加える。
「途中で噛めなくなるのは、味が重い証拠だ。」
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神父は、もう一口を口に運ぶ。
今度は、よく噛んで。
『……赦せていないのではなく、
私が、受け止めきれなくなっているだけ、
なのかもしれませんね。』
「ええ。背負いすぎた皿は、温度が下がる。」
店長はそう言って、器の縁に指を添えた。
「今日は、ここまででいい。
残りは、次の一口のためにあります。」
神父は、小さく息を吐き、再び食べ始めた。
今度は、止まらずに。
夜は、少しだけ柔らかくなっていた。
二品目の皿が、静かに下げられる。
神父の食べ終えた器には、何も残っていなかった。
店内の空気が、わずかにほどける。
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「では、三品目です。」
店長はそう言って、火を完全に落とした鍋から、そっと中身をすくう。
サポーターの男は、木のスプーンを温め、器を差し出した。
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運ばれてきたのは、白く、揺れる一皿。
《祈りをほどく豆乳と卵のやわら蒸し》
出汁は極限まで薄く、味はほとんど輪郭だけ。
触れれば崩れそうなほど、柔らかい。
「噛まなくていい料理です。」
神父は、少し驚いたように目を細める。
「力を入れない練習を、口から始めましょう。」
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神父は、スプーンを入れる。
抵抗はなく、音も立たない。
一口、口に含んだ瞬間、
神父の眉が、ふっと緩んだ。
『……あぁ。』
それだけだった。
サポーターの男が、静かに言う。
「形を保ってるけど、主張はしない。」
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二口目。
神父の背中が、椅子に預けられる。
『懺悔で……私は、答えを出そうとしていました。
でも、本当は……
相手の言葉が、崩れるのを待つ時間が、
必要だったのかもしれません。』
店長は、器の揺れを見つめながら答える。
「ええ。柔らかいものは、急がせると壊れる。」
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三口目。
神父は、目を閉じたまま食べている。
『赦すとは……固めることではなく、
一緒に、ほどけることなのですね。』
サポーターの男が、ぽつりと。
「だから、噛まなくていい。」
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最後の一口。
神父は、しばらくスプーンを置いたまま、動かなかった。
そして、静かに言った。
『……心が、戻ってきました。』
店長は、深く頷く。
「それで十分です。
この店では、固くならなくていい。」
外は、変わらず夜。
だが神父の内側では、
長い祈りの前の、やさしい沈黙が広がっていた。
店長は、しばらく何も言わず、カウンターの奥へ下がった。
火も音もない場所で、最後の一皿を整える。
サポーターの男は、神父の前に、温かい白湯をそっと置いた。
「甘い前に、余白を。」
神父は黙って頷く。
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「お待たせしました。これが、最後です。」
差し出された皿は、小さく、光を吸うような色をしていた。
《赦しのあとに残る蜂蜜りんご》
焼いていない。煮すぎてもいない。
りんごは、形を残したまま、蜂蜜と白湯だけでゆっくりほどかれている。
「答えを出すための甘味ではありません。」
店長は、穏やかに続ける。
「“今日を終わらせるため”の甘さです。」
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神父は、フォークではなく、スプーンを選んだ。
一口、口に含む。
甘さは、遅れてくる。
舌に残らず、胸の奥に沈む。
『……懺悔を受けるたび、
私は誰かの罪を、片付けようとしていたのかもしれません。』
二口目。
『でも、本当は……
一緒に、置いておくだけでよかった。』
サポーターの男が、静かに言う。
「甘いのは、片付けなくていい。」
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皿は、きれいに空になった。
神父は、しばらく器を見つめ、
やがて、深く一礼した。
『店長。
ここで赦されたのは……私の方ですね。』
店長は、微笑んだだけだった。
「それでは、行ってらっしゃい。」
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神父は立ち上がり、扉の前で一度だけ振り返る。
何も言わず、ただ、穏やかな表情で。
扉が閉まる。
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店の中に、静けさが戻る。
サポーターの男が言う。
「いい夜だったな。」
「ええ。一度きりには、十分です。」
灯りが落ちる。
この店は、もう二度と現れない。
ただ、
柔らかくなった心だけが、外の世界へ戻っていった。




