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AIレストランへようこそ-来店は一度だけ-  作者: おでんし


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32/79

合否を預け、灯りだけを残す夜

プロンプト

登場人物:塾講師 30代 男性 教え子が来店時入試前


静かな店に、男が入ってきた。

背筋は伸びているが、目の奥に張りつめたものがある。


『こんばんは。……少し、頭を休ませたくて。』


店長は、差し出された登場人物の個人認証カードに目を通す。

――塾講師、30代、男性。

――教え子が、今まさに入試前。


店長は一度だけ、小さくうなずいた。


「なるほど。教える側が、いちばん息を詰めてしまう時期ですね」

サポーターの男は、義手でカウンターを拭きながら静かに言う。

「背負いすぎると、言葉が硬くなりますからね」


店長は火を弱め、最初の一品を作り始めた。



《言葉をほどく白味噌の朝餉》


湯気は控えめ、香りは近く、味は深く。

白味噌に、すりおろした長芋。

刻んだ春菊をほんの少し、最後に米を崩さず添える。


「これは、教え子のための料理でもあります」

「答えを与えすぎない。でも、迷った時に戻れる場所を残す味です」


料理が置かれると、男は一瞬、箸を止めた。


『……朝、教室に一番早く来る生徒がいるんです』

『何も聞かずに、ただ席に座ってる。でも、俺は……何か言わなきゃって』


サポーターの男が、低く続ける。

「黙って座るのも、準備の一つかもしれませんね」


男は一口、ゆっくりと口に運んだ。


『……優しい』

『説明しなくても、伝わる感じがします』


店長は、包丁を置いたまま答える。


「今夜は、あなたが“整う”番です」

「教え子には、明日。今日は、言葉を休めましょう」


男の肩が、ほんのわずかに下がった。

湯気の向こうで、時間だけが静かに流れていた。



白味噌の器が下げられると、店の空気は一段、静まった。

男は背もたれに軽く体を預け、無意識に深く息を吐く。


『……さっきの一品で、少し力が抜けました』


サポーターの男が、義手で湯のみを差し出す。

「今、抜けた力は大事ですよ。戻そうとしなくていい」


店長はその言葉に応えるように、二品目の準備に入った。

火は使わない。音も立てない。


「次は、思考を止める料理です」

「“考えない”ことを、許す一皿にしましょう」



《黒胡麻と湯豆腐の無言皿》


柔らかく温めた豆腐に、練りすぎない黒胡麻だれ。

上には何も乗せない。飾りも、説明も省く。


器が置かれると、男は何も言わず、箸を伸ばした。


……ゆっくり。

噛む必要もなく、ただ温度と重さだけが口に残る。


『……あぁ』

『これ、説明しなくていいですね』


サポーターの男が、小さくうなずく。

「塾では、ずっと説明してますから」


男は二口目を運び、目を閉じた。


『生徒の顔が、浮かばない』

『……今は、それでいい気がします』


店長は、静かに答える。


「浮かばない時間があるから」

「明日、自然に言葉が出てくるんです」


器が空になるころ、男の呼吸は整い、

背中の緊張は、椅子に預けられていた。


店内には、

“何も考えなくていい時間”だけが、確かに残っていた。


店内の時計は動いているはずなのに、

秒針の音だけが、どこか遠い。


男は肘をつき、湯のみを両手で包んでいた。

もう、姿勢を正そうとはしていない。


『……頭の中、静かです』

『生徒の点数も、合否も、今は出てこない』


サポーターの男が、義手を膝に置いたまま応じる。

「それで十分です。思考が眠っています」


店長は、最後に火を入れる。

だが、強くはしない。

温度は“目が覚めない程度”。


「三品目は、時間そのものを溶かします」

「何も考えなくていい時間を、もう少しだけ続けましょう」



《白湯に溶ける鶏と米の薄粥》


具は最小限。

ほぐした鶏、やわらかくほどけた米。

味付けは、塩を“思い出す程度”。


湯気は静かで、香りも主張しない。


男は箸ではなく、匙を選んだ。

一口、二口――

数えることすら、やめている。


『……あぁ』

『食べてるのに、食べてる感じが薄い』


店長は、低い声で答える。


「考えなくていい、という合図です」

「体だけが、先に休んでいます」


サポーターの男が、少し笑う。

「授業の合間に、こんな時間があったら最高ですね」


男は、ゆっくりうなずいた。


『……生徒には、頑張れって言わなくてもいいかもしれない』

『ただ、いつも通りに、俺が立っていれば』


最後の一匙を置いた時、

男のまぶたは、少し重くなっていた。


店の中には、

“何も考えなくていい時間”が、途切れずに続いていた。


粥の器が下げられても、男はすぐには姿勢を戻さなかった。

目を閉じたまま、しばらく呼吸だけをしている。


サポーターの男が、小さな声で言う。

「……このまま終わらせると、少し寂しいですね」


店長は静かに頷いた。

「ええ。最後は“明日に持ち帰れる甘さ”にしましょう」


火も音も使わない。

冷たすぎず、甘すぎず。

意識を起こさず、心だけをそっと前へ置く。



《合否を預ける白蜜ミルク羹》


牛乳と寒天を、限界までやわらかく固める。

上からかけるのは、白蜜をほんの一筋だけ。

スプーンが、抵抗なく沈む。


男は器を見つめ、少しだけ微笑った。


『……結果は、俺のものじゃないですもんね』

『でも、ここまで一緒に来た時間は、本物だ』


サポーターの男が、静かに応じる。

「預ける、という選択も、教える仕事です」


男は一口食べ、目を開けた。


『甘いけど……軽い』

『胸に残らない。これなら、明日も立てそうです』


店長は、最後にこう言った。


「合否は、外にあります」

「あなたがやることは、教室に立つことだけ」


デザートが空になる頃、

男は深く一度、頭を下げた。


『ごちそうさまでした。……行ってきます』


扉が閉まる。

この店は、もう二度と開かれない。


カウンターに残ったのは、

何も考えなくていい時間が、役目を終えた静けさだけだった。




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