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AIレストランへようこそ-来店は一度だけ-  作者: おでんし


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区切りを渡す夜-ベテラン葬儀屋が生きる側へ戻る甘味-

プロンプト

登場人物:葬儀屋 50代 男性 ベテラン

店の扉が、静かに開いた。

黒に近い落ち着いた服装の男が、一礼して入ってくる。


『……一晩、仕事明けでね。腹は減っているが、重たいものはまだ要らない。』


店長は、無言でうなずき、カウンター奥に置かれた登場人物の個人認証カードに視線を落とす。

――葬儀屋、50代、男性、ベテラン。

幾度も「終わりの場」に立ち続け、感情を整え、他人の悲しみを背負ってきた手だ。


店長は包丁を置き、鍋に水を張る。


「最初は、体より先に、呼吸を整えましょう。」


サポーターの男は、義手で静かに椀を並べる。


「……この人、相当数の別れを見送ってきてますね。」


「ええ。だからこそ、“何も背負わせない一品”にします。」


やがて、湯気が立ちのぼり、椀が差し出される。


《弔いの場から戻るための白湯椀》


透き通った出汁。

昆布と白米だけで引いた、ごく淡い香り。

具は、薄く削いだ大根が一切れ、底に沈んでいるだけ。


男は椀を両手で持ち、しばらく見つめてから口をつけた。


『……ああ。これは……仕事が終わった後の味だ。』


一口、二口と、音を立てずに飲み進める。


『誰かのために言葉を選ばなくていい時間だな。』


サポーターの男は、少しだけ表情を緩める。


「言葉が要らない料理ですね。」


「葬儀屋さんは、もう十分、語ってきましたから。」


男は椀を置き、深く息を吐いた。


『次は……少し、体に戻るものを頼む。

まだ、俺は生きてる側だからな。』


店の空気が、わずかに温度を取り戻す。


店長は、先ほどよりも少しだけ強い火を入れた。

鍋底から、油と出汁が混じる低い音が立ち上がる。


「体に、熱を“戻す”段階ですね。」


サポーターの男は、義手で土鍋の蓋を確かめながら言う。


「さっきの一品で、完全に仕事の外に出ました。

次は“生きてる実感”を渡す番ですね。」


店長はうなずき、具材を静かに落とす。


しばらくして、土鍋ごと男の前に置かれた。


《火を囲む者の生姜鍋》


鶏の旨みを吸った澄んだ出汁。

大きめに切られた白ねぎ、豆腐、そして生姜。

派手さはないが、湯気が確かに「温度」を語っている。


男は、鍋の湯気に一瞬だけ顔を近づけた。


『……ああ、いいな。

葬儀場の控室で、夜中に飲む差し入れを思い出す。』


箸を取り、まずは出汁をひと口。


『……染みる、じゃないな。

これは……戻ってくる味だ。』


生姜の辛味が、喉から胸へ、ゆっくりと降りていく。

男は無意識に背筋を伸ばしていた。


サポーターの男が、ぽつりと言う。


「仕事柄、体を冷やしたまま終わること、多いでしょう。」


男は少し笑った。


『ああ。

現場じゃ泣けないし、震えちゃいけない。

終わったあとも、“次の家族”が待ってるからな。』


もう一口、鍋を食べる。


『だが、こうして温かいもんを食うと……

まだ、ちゃんと腹が減る自分がいるって分かる。』


店長は鍋を見つめたまま答えた。


「腹が減るのは、生きている証拠です。

それを感じ直してもらえれば、この二品目は役目を果たしています。」


男は箸を止め、湯気の向こうで静かにうなずいた。


『……俺は、まだ引退する気はない。

だが、こういう夜があるなら、もう少し続けられるな。』


鍋の火は弱められ、

店の空気は、冷えた静けさから、確かな温もりへと変わっていた。


店長は、次の皿――

“終わりではない甘味”を、心の中で組み立て始めていた。


店長は、鍋の火を完全に落とした。

甘い香りが立つ前に、まず“静けさ”を整える。


「最後は、慰めません。」


サポーターの男が少し意外そうに言う。


「慰めない、ですか。」


「はい。

この方は、他人を慰め続けてきた。

だから最後は、“明日を普通に迎える甘味”です。」


小さな器が、男の前に置かれる。


《夜明け前に残る黒糖羊羹》


黒糖の深い色。

寒天は柔らかすぎず、固すぎず。

添えられているのは、温かいほうじ茶だけ。


男は、しばらく器を見つめてから言った。


『……派手じゃないな。』


「ええ。

拍手も、涙も要らない甘味です。」


男は、羊羹をひと口、静かに切って口に運ぶ。


『……甘い。

だが、優しいって言葉とも違うな。』


噛まずに、ゆっくり溶かす。


『通夜の後、控室で一人になった時に飲む、

あの甘い缶コーヒーに近い。』


サポーターの男が、そっと言う。


「誰にも見せない時間の味ですね。」


男は小さくうなずいた。


『俺の仕事は、誰かの“区切り”をつくることだ。

だがな……自分の区切りは、いつも後回しだ。』


もう一口、羊羹を食べる。


『この甘さは、

「今日はここまででいい」って言ってくれる。

それが、ありがたい。』


店長は、少しだけ視線を下げた。


「区切りは、終わりではありません。

次の日に行くための線です。」


男は、最後の一切れを口に入れ、ほうじ茶を飲み干した。


『……明日も、葬儀はある。

だが今日は、ちゃんと眠れそうだ。』


椅子を引き、立ち上がる。


『店長、

俺は今日、死者の側じゃなく、生きてる側に戻れた。

それだけで十分だ。』


サポーターの男が、静かに頭を下げる。


「どうか、足元を温かくして。」


男は、扉の前で一度だけ振り返った。


『……また来たいが、

ここは一度きりの店だったな。』


「ええ。」


扉が閉まり、夜の気配が戻る。


カウンターの上には、空になった器。

そこには、悲しみも、慰めも残っていない。


――ただ、

“明日を迎える甘さ”だけが、静かに残っていた。



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