拍手を設える人に残る余白 -ウェディングプランナーの一夜-
プロンプト
登場人物:ウェディングプランナー 40代 女性 仕事を楽しんでいる
店の扉が、静かに開いた。
落ち着いた足取りで、女性がカウンターに腰を下ろす。
サポーターの男は、女性の差し出した個人認証カードを受け取り、義手で端末に通す。
小さくうなずき、店長の方を見る。
店長は、カードの情報を確かめ、ゆっくりと頷いた。
「ようこそ。
ウェディングプランナー、40代。
人の幸せの節目を、仕事として楽しんでいる…いいですね。」
サポーターの男は、静かに調理台を整える。
店長は言葉を続けた。
「最初の一品は、あなたの“今”そのものから作りましょう。」
⸻
ほどなくして、温かな香りとともに、一皿が差し出される。
《祝福を束ねる白いコンソメ》
澄んだスープの中に、細かく刻まれた野菜。
白身魚のポシェが、まるでブーケの芯のように静かに沈んでいる。
表面には、ほんの少しだけハーブオイルが花びらのように広がっていた。
「式当日は、主役は新郎新婦。
あなたは一歩引いて、全体を整える側ですね。」
スプーンを添えながら、店長は語る。
「でも、その場の“空気”を一番味わっているのは、あなたです。
このスープは、前に出すぎず、でも確かに場を支える味にしました。」
女性は、少し微笑み、スープを口に運ぶ。
『……あぁ。
落ち着くのに、ちゃんと華やか。
不思議ね、仕事の準備をしている朝みたい。』
サポーターの男は、その表情を見て、静かに頷く。
店長は、女性の反応を確かめながら、優しく締めくくった。
「楽しめている仕事ほど、気づかない疲れが溜まるものです。
今日は、その裏側も、ゆっくりほどいていきましょう。」
店内には、次の料理を待つ、穏やかな沈黙が流れていた。
店長は、女性がスープを飲み終えた器を静かに下げる。
サポーターの男は、義手でクロスを整え、次の皿の温度を確かめていた。
店長は、女性の呼吸が少し深くなっているのを見て、口を開く。
「段取りも、笑顔も、判断も早い。
楽しんでいる分だけ、体より先に“気”を使っていますね。」
女性は軽く肩をすくめて、微笑む。
『式が終わった後、新郎新婦が泣いてるのを見ると…
全部、報われるんです。』
店長は、ゆっくり頷いた。
「ええ。だからこそ、今日は“ほどく”時間です。」
⸻
静かに差し出された、二品目。
《段取りを外す温野菜と鶏の包み煮》
柔らかく火入れされた鶏肉が、キャベツに包まれ、
人参、蕪、いんげんが、形を崩さず添えられている。
派手さはないが、湯気が立ちのぼり、香りが優しい。
店長は、低い声で説明する。
「切り分けなくていい。
順番も、正解もありません。
今日は、噛む回数を気にしない料理です。」
女性は一口、そっと口に運ぶ。
『……やわらかい。
考えなくても、ちゃんと美味しい。』
二口目、三口目と、自然に箸が進む。
背筋が、ほんの少しだけ緩んだ。
サポーターの男は、その変化を見逃さず、静かに皿の位置を調整する。
店長は続けた。
「結婚式は“完成形”を作る仕事。
でも人は、完成していなくても、十分美しい。」
女性は、少し目を伏せて、噛みしめるように頷いた。
『…普段は、そんなこと考えませんね。
次、次って…』
「だから、この皿は、途中で止めてもいいんです。」
店内には、食器の音と、ゆっくりした咀嚼だけが残る。
忙しい現場から切り離された時間が、確かに流れていた。
サポーターの男が、そっと囁くように言う。
「…いいペースですね。」
女性は、小さく笑った。
疲れは、もう“急いで取るもの”ではなくなっていた。
店内の空気が、さらに静かになる。
女性の箸の動きは、もう仕事の合間のそれではない。
「次を考える手」から、「味わう手」に変わっていた。
サポーターの男は、義手で小さな皿を温め、そっと店長に合図を送る。
店長は、その様子を見て、ゆっくり口を開いた。
「ここからは、満たすための料理ではありません。
時間を、そのまま食べてもらいます。」
⸻
三品目が、静かに置かれる。
《余白を噛みしめる真鯛の蒸らし焼き》
真鯛は強く焼かれず、表面にうっすらと火の色を残すだけ。
下には、昆布と白葱。
仕上げに、ほんの一滴の柚子の香りが添えられている。
見た目は、驚くほど静かだ。
店長は、急がせない声で言う。
「冷めてもいい。
一口ずつ、間を空けてください。
結婚式の“間”を作るあなたなら、分かるはずです。」
女性は、箸を置き、深く息を吸う。
そして、ゆっくりと一口。
『……あ。
味が、遅れてくる。』
噛む。
飲み込む。
次の一口まで、自然と時間が空く。
サポーターの男は、何も言わず、卓上の水を静かに満たす。
『不思議。
急いで食べようとしても、できないわね。』
店長は、微笑みながら答える。
「急ぐ理由が、ここにはありません。」
女性の肩は、もう完全に下りている。
一口ごとに、表情が柔らかくなり、視線が遠くなる。
『こうして食べるの、いつぶりかしら…。』
「“楽しむ仕事”の人ほど、
楽しむ時間を忘れがちです。」
最後の一切れを口に運び、
女性は箸を置いた。
『……ご馳走様でした。
ちゃんと、食事をした気がします。』
サポーターの男は、静かに皿を下げる。
その手つきは、式が無事終わった後の、後片付けのように穏やかだった。
店長は、次の一皿――
終わりの甘味を、心の中で考え始めていた。
店内には、もう急ぐ気配はない。
女性は椅子に深く腰掛け、視線を下げたまま、静かに待っている。
サポーターの男は、義手で小さなデザート皿を冷やし、
店長に、短く合図を送った。
店長は、その合図に応えるように頷く。
「終わりの甘味は、余韻だけでいい。
思い出さなくても、残るものを。」
⸻
最後の一皿が、そっと置かれる。
《拍手のあとに残るミルクの余白》
白いミルクのムース。
その中央に、透明なゼリーが薄く重なり、
ほんの少しの蜂蜜が、光のように落とされている。
飾りはない。
フォークも、あえて小さい。
店長は、静かに言った。
「式が終わって、拍手が止んだあと。
会場に残る、あの静けさを甘味にしました。」
女性は、一口だけすくう。
『……優しい。
でも、ちゃんと終わってる味。』
ゆっくり、もう一口。
噛まずに、溶かす。
『達成感って、こういうものなのね。
派手じゃないのに、満たされる。』
サポーターの男は、何も言わず、
その表情を確かめるように、静かに立っていた。
最後の一口を食べ終え、
女性はフォークを皿の縁にそっと置く。
『ご馳走様でした。
…また来たいけど、来られないのよね。』
店長は、穏やかに微笑む。
「ええ。
でも、今日の食べ方は、どこでも再現できます。」
女性は立ち上がり、深く一礼した。
『明日の打ち合わせ、
少し、間を作ってみます。』
サポーターの男は、扉を開ける。
女性は振り返らず、静かに店を出た。
背中には、疲れではなく、
“余白を持った仕事の顔”が残っていた。
店内に残るのは、片付けられた白い皿と、
拍手のあとに似た、静かな満足感だけ。
店長は、最後に一言、誰にでもなく呟く。
「――いい式でした。」
こうして、
一度きりの店は、
また一人分の物語を、静かに閉じた。




