枯れない花を束ねる、最後まで花屋の二人へ
プロンプト
登場人物:花屋さん 50代 夫婦
店の扉が、静かに開いた。
花の香りをまとった、50代の夫婦が並んで入ってくる。
サポーターの男は、義手でそっと椅子を引き、二人を迎え入れた。
店長は、二人の個人認証カードに目を落とし、静かに頷く。
「花屋さん、50代、ご夫婦……長い時間、同じ季節を並んで歩いてきた手ですね」
サポーターの男は、何も言わず、調理台を整えた。
《季節を束ねる白いポタージュ》
店長は、湯気の立つ白い器を、二人の前にそっと置いた。
「花屋さんの一日の始まり。
花を並べる前、まだ言葉が少ない時間を、スープにしました」
サポーターの男は、黙って頷き、二人の様子から一歩引いた位置に立つ。
夫は、スプーンを手に取り、少し香りを確かめてから口に運ぶ。
『……あぁ。これ、冬の仕入れ前だな』
妻は、驚いたように夫を見る。
『あなた、そんなこと考えながら飲んでたの?』
『考えてたっていうか……身体が覚えてる感じだ』
妻も、ゆっくりと一口。
『……春先の朝ね。店を開ける前、まだ誰も来てなくて』
夫は、小さく笑った。
『その時間、好きだったな。お前が無言で花触ってるの』
妻は少し照れ、視線をスープに落とす。
『忙しくなると、話す余裕なくなるものね』
二人は、しばらく言葉を交わさず、同じペースでスープを口に運ぶ。
湯気が、二人の間を静かに満たしていく。
『……こういう時間、久しぶりかもしれないわ』と妻。
『店にいるのに、仕事してない感じだな』と夫。
店長は、その様子を見て静かに言った。
「季節を束ねると、必ず“間”が生まれます。
その間を、今日は味わってください」
スプーンが器の底に触れる音が、重なった。
二人の表情は、来店時よりも、少しだけ柔らいでいた。
《日々を編むハーブと肉の温皿》
店長は、ゆっくりと火を止め、香りを閉じ込めた温皿を二人の前に置いた。
ハーブの青さと、しっかり火入れされた肉の匂いが、静かに広がる。
「毎日の積み重ねは、派手じゃない。
でも、続けた人の手には、必ず重みが残ります」
夫は、ナイフを入れ、一口運ぶ。
『……噛むほどに、仕事みたいだな』
妻も続けて口にする。
『急がなくていい味ね。昔は、すぐ結果を出そうとしてた』
夫は、少し間を置いてから、店長を見た。
『なぁ店長……実はな』
妻が、そっと言葉を引き継ぐ。
『私たち、あと10年って決めてるの』
店長は、手を止め、静かに二人を見る。
「10年……十分に長くて、ちゃんと終わりが見える時間ですね」
夫は、小さく頷く。
『体もな、若い頃みたいにはいかん。
でも、急に辞めるのも違う気がしてな』
妻は、皿の上のハーブを見つめながら続ける。
『最後の10年は、無理しないで。
ちゃんと季節を感じながら、花を渡したいの』
二人は、同じ皿を見ながら、同じ速度で食べ進める。
ハーブの香りが、これまでの年月をほどくように広がっていく。
店長は、静かに言った。
「この料理は、“続ける”と“終える”を同時に編んでいます。
だから、噛むほどに、未来の話が出てくる」
夫は、ふっと力を抜いた表情で言った。
『10年後、店に立たなくなっても……
この味みたいに、静かに思い出せたらいいな』
妻は、微笑んで頷く。
『ええ。枯れた花の話も、笑ってできるくらいにね』
皿が空になるころ、二人の背中は、少しだけ軽くなっていた。
《枯れない花の小さな甘味》
店長は、最後の一皿を、音を立てずに二人の前へ置いた。
小ぶりで、飾りすぎない甘味。けれど、皿の中央には、確かな存在感があった。
「10年後、店はなくなります。
でも、花屋さんが残してきた“渡した瞬間”は、消えません」
サポーターの男は、一歩下がり、二人の時間を邪魔しない位置に立つ。
妻は、スプーンを持つ手を一瞬止めたあと、そっと口に運ぶ。
『……甘いけど、軽いわね』
夫も続けて食べる。
『終わりを決めた後の味だな。重くない』
妻は、小さく息を吐いた。
『店がなくなるって、もっと寂しいと思ってた』
夫は、皿を見つめたまま答える。
『でも、無くなるのは“場所”だけだ』
妻は、夫の言葉に頷き、もう一口。
『あの店先で、何人に花を渡してきたのかしら』
『数えきれんな』と夫。
『でも、この甘さみたいに、相手の中に残ってるだろ』
店長は、静かに言葉を添えた。
「花は、枯れます。
店も、役目を終えます。
でも、“誰かの節目に立ち会った記憶”は、枯れません」
妻の目が、少し潤む。
『10年後、店のシャッターを下ろす日……
今日みたいに、穏やかでいたいわ』
夫は、ゆっくり頷いた。
『あぁ。最後まで、花屋でいよう』
二人は、最後の一口を同時に食べ終えた。
皿の上には何も残っていない。
けれど、その甘さは、しばらくの間、二人の中に残り続けていた。
甘味の皿が下げられ、店内に、ゆっくりとした静けさが戻る。
夫は、自然な動きで椅子から立ち上がり、妻の方へ半歩寄った。
妻は、それを待っていたかのように、鞄を整え、そっと背筋を伸ばす。
『行きましょうか』
『あぁ』
それだけの言葉で、十分だった。
サポーターの男が、義手で扉を押さえる。
二人は、並んでその前に立つが、すぐには外へ出ない。
夫は、無意識に、空中で指を動かした。
花束を組むときの癖だ。
妻は、その仕草に気づき、小さく笑う。
『まだ、手が覚えてるのね』
『最後まで、花屋でいるつもりだからな』
声は低く、静かだったが、迷いはなかった。
店長は、二人の背中に向けて言う。
「花は、誰かの節目に立ち会う仕事です。
お二人なら、最後の日まで、変わらないでしょう」
妻は、振り返らずに、少しだけ頷いた。
『明日も、朝一で仕入れね』
『あぁ。季節は待ってくれんからな』
扉が開く。
外の光が、二人を包む。
並んだ背中は、長年店に立ってきた人間のものだった。
これから先も、10年後のその日まで――
変わらず、花屋として、季節の中に立ち続ける背中だった。
扉が閉まり、店は再び、静けさを取り戻す。




