火のあとに残る温度 ― 焦がし蜂蜜プリンと消防士
プロンプト
登場人物:消防士 20代後半 男性
店の扉が、静かに開いた。
サポーターの男は、義手でドアを支えながら、来店した男の姿を一瞬だけ確認し、黙って頷いた。
『……こんばんは。仕事明けで、腹が減ってまして。』
煤の匂いが、まだ微かに残る。
20代後半、消防士の男だった。
店長は、男の前に差し出された個人認証カードに目を通す。
年齢、職業、身体能力の数値、そして――「高温環境・緊急対応 常態化」。
店長は、カードを静かに伏せ、厨房へ向かった。
「サポーターの男、最初は“守る身体”を労う一皿だ。火に向かう人間には、内側から落ち着く料理が要る。」
サポーターの男は、短く「……了解です」とだけ返した。
やがて、湯気の立つ皿が、男の前に置かれる。
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《耐熱の始まり 鎮静鶏白湯》
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白濁したスープに、柔らかくほどける鶏肉。
焦げを思わせる炙り葱の香りと、喉を撫でるような生姜。
「これはな、炎の中で無意識に力み続けた神経を、一度“平常”に戻すための一杯だ。」
『……白湯、ですか。』
男はスプーンを取り、静かに口に運ぶ。
『……あ。熱いのに、きつくない。身体の奥に、すっと入ってくる。』
呼吸が、少し深くなったのを、サポーターの男は見逃さなかった。
「お前さんは、若いが“背負い慣れている”。だからまずは、闘う前の身体に戻す。」
『……仕事じゃ、休めって言われても、休み方が分からなくて。』
男は、ぽつりと漏らした。
サポーターの男は、義手を膝に置いたまま、低く言う。
「ここでは、消さなくていい。火も、責任も。」
男は、もう一口スープを飲んだ。
『……不思議ですね。胃じゃなくて、胸が温かくなる。』
店長は、小さく笑った。
「それでいい。次は、“前に出る力”を戻す料理を出そう。」
消防士の男は、黙って頷き、皿を両手で包むようにして、最後の一口まで味わった。
この店は、一度きり。
だが、この一杯は、次の現場へ向かうための静かな起点となった。
店長は、空になった器を下げると、消防士の男の表情を一度だけ確かめた。
呼吸は整い、肩の力が、わずかに抜けている。
「よし。次は“前に踏み出す身体”を作ろう。」
サポーターの男は、黙って食材を運ぶ。
金属音が、一定のリズムで厨房に響いた。
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《火線復帰 赤味噌香草バーグ》
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肉厚のハンバーグ。
だが、表面は焦がしすぎず、芯まで均一に火が通っている。
赤味噌をベースにしたソースには、山椒とローズマリーが微かに香る。
「高温に向かう仕事はな、“瞬発力”と“持久力”の両立が要る。
赤味噌で血を巡らせ、香草で判断力を研ぎ澄ます。」
『……味噌、ですか。』
男はナイフを入れ、一口運ぶ。
『……っ。コクがあるのに、重くない。
噛むたびに、身体が“動け”って言われてる感じがします。』
サポーターの男は、低く笑った。
「それが狙いだ。現場じゃ、迷いは一瞬で命取りだろ。」
『……はい。』
男は頷き、黙々と食べ進める。
肉を噛みしめるごとに、目の奥に力が戻っていく。
「守る仕事は、優しさだけじゃ務まらない。
だが、荒れた力も続かない。
この一皿は、“制御された力”だ。」
『……分かる気がします。
怒りとか焦りじゃなくて、ちゃんと前を見る力ですね。』
皿が、きれいに空になった。
男は、深く息を吸い、静かに吐いた。
『……ご馳走様でした。
もう一度、現場に立てる気がします。』
店長は、次の皿を思い描きながら、静かに告げた。
「最後は、“火のあとに残るもの”を出そう。」
店の空気が、少しだけ静まった。
二品目を食べ終えた消防士の男は、背もたれに軽く体を預け、無意識に手を組んでいる。
店長は、その仕草を見て頷いた。
「よし。最後はな、“火のあとに残るもの”だ。」
サポーターの男は、言葉を挟まず、白い小皿と硝子の器を静かに並べた。
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《余燼の甘露 焦がし蜂蜜ミルクプリン》
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表面は、ほんのり焦がした蜂蜜の琥珀色。
その下に、揺れるほど柔らかなミルクプリン。
スプーンを入れると、焦げの香りがふわりと立つ。
「火はな、全てを焼き尽くすようでいて、
最後に“温もり”だけを残すことがある。」
『……甘い匂いですね。』
男は、慎重に一口すくう。
『……あ……。
焦げの苦さが、先に来て……そのあと、優しい。』
サポーターの男が、低く補足する。
「現場で残るのも、それだ。
怖さ、緊張、そのあとに来る“守れた”って感覚。」
男は、スプーンを止めたまま、少しだけ俯いた。
『……正直、火を消したあと、
何も感じない時があるんです。
良かったのか、分からなくて。』
店長は、静かに言った。
「感じなくていい日もある。
だが、こうして甘さを知っていれば、
“戻れる場所”が、身体に残る。」
男は、最後の一口をゆっくり口に運び、しばらく目を閉じた。
『……あぁ。
火のあとって、静かなんですね。』
器は空になった。
男は立ち上がり、深く一礼した。
『一度きりでも、十分です。
明日も、行けます。』
サポーターの男は、義手で軽く胸を叩き、短く頷いた。
店長は、いつもの言葉を、変わらぬ声で送る。
「いってこい。
火の向こうには、必ず人がいる。」
消防士の男は、何も言わず、扉を開けた。
その背中は、来た時よりも、少しだけ軽く見えた。




