表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
AIレストランへようこそ-来店は一度だけ-  作者: おでんし


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

21/78

余熱で走り続ける人生 ― 調律ステーキと、りんごキャラメリゼ

プロンプト

登場人物:自動車整備士 70代男性


店の扉が、ゆっくりと軋む音を立てて開いた。

油と金属の匂いを、長年染み込ませたような男が入ってくる。


『ここが噂の店かい。…一度きりってのが、いいじゃないか。』


店長は頷き、カウンター奥で手を洗う。

横では、義手を備えた男が静かに準備を始めていた。


「いらっしゃいませ。自動車整備士、70代。

長い年月、機械と向き合ってきた手ですね。」


サポーターの男は、カードを一瞥して小さく頷く。

「……音を聞く人だな。エンジンも、人も。」


店長は最初の一品に取りかかった。



《長年始動スープ》


深く澄んだコンソメに、牛すじと根菜。

時間をかけて煮込み、最後にほんの少しだけ黒胡椒。


「これはね、朝一番にエンジンをかける前の一杯です。

無理に回さず、温度を上げる。」


皿が置かれる。


『……ほう。地味だが、いい匂いだ。』


男性は一口すすり、目を閉じた。


『……あぁ。

昔、工場で夜明け前に飲んだ缶コーヒーを思い出すな。

今日も一日、始めるかって気持ちになったもんだ。』


サポーターの男が、静かに言う。

「壊れないように扱ってきたんだろ。

人も、車も。」


『当たり前だ。

直す仕事ってのはな、壊れた理由を責めないことだ。』


店長は次の火を入れながら、微笑む。


「では、二品目は“直し続けた人生”にしましょう。」


鉄板の上で、音が鳴り始めた。

その音は、70年分の仕事に、静かに寄り添うリズムだった。



店長は、鉄板の温度を確かめるように、軽く水を落とした。

「ジュッ」という音が、店内に響く。


サポーターの男は、黙って横に立ち、義手でスパイスを量る。

その動きは無駄がなく、長年の相棒のようだった。


「二品目は、直して、調整して、また走らせる。

そんな日々を形にします。」



《調律ステーキ・トルク仕上げ》


厚すぎず、薄すぎない赤身肉。

強火で一気に焼き色を付け、火を落として休ませる。

仕上げに、焦がしバターと刻み玉ねぎ、醤油を一滴。


皿がカウンターに置かれる。


『……いい焼きだ。

この“休ませ”が大事なんだよな。』


男性はナイフを入れ、一口噛みしめた。


『おお……。

派手じゃねぇが、芯がある。

無理に柔らかくしてないのがいい。』


サポーターの男が、低く言う。

「トルク重視だ。

最高速はいらねぇ。」


『ははっ、わかってるな。

若い頃はな、回せば回すほどいいと思ってた。

だが結局、長く走るのはこういうエンジンだ。』


店長は頷く。


「整備士の仕事も同じですね。

新品にするんじゃない。

今ある性能を、きちんと出させる。」


男性はゆっくりと咀嚼し、皿を見つめた。


『俺はもう、第一線じゃない。

でもな、若いのに伝えたいことはまだある。

“急ぐな”ってな。』


サポーターの男が、少しだけ口角を上げた。

「まだ、現役だ。」


『……そうかもしれんな。』


店長は静かに次の準備に入る。


「では、最後は――

“工具を置いた後の時間”を、甘い一皿に。」


店内には、鉄と火の匂いに混じって、

ほんのりと甘い香りが立ち始めていた。


店長は火を弱め、鍋を一つだけコンロに残した。

金属音は消え、店内は不思議な静けさに包まれる。


サポーターの男が、義手で古びた工具箱を思わせる木箱をそっと開く。

中には、焼き色のついた果物と、小さな瓶が並んでいた。


「最後は、工具を置いた後の時間です。

何かを“直す”役目を終えた人の、甘さ。」



《余熱のりんごキャラメリゼ》


バターでじっくり焼いたりんご。

砂糖は控えめ、ほろ苦いカラメル。

仕上げに、ラム酒をほんの一滴。


皿が置かれると、温かな香りが立ち上った。


『……これは、反則だな。

昔、家に帰ると婆さんが作ってくれた匂いだ。』


男性はフォークを入れ、静かに口に運ぶ。


『……甘いが、残らない。

口の中で、すっと消える。』


サポーターの男が、低く言う。

「余熱だ。

止めても、すぐには冷えねぇ。」


『ああ……。

俺の手も、もう大仕事はしねぇが、

まだ温かいらしい。』


店長は、カウンター越しに一礼した。


「整備士の仕事は、形に残りません。

でも、直された車と、教えられた人に、確かに残る。」


男性は皿をきれいに空にし、ゆっくりと息を吐いた。


『ご馳走さん。

……いい店だな。

一度きりってのが、惜しいくらいだ。』


サポーターの男は、静かに答える。

「だから、忘れねぇ。」


男性は立ち上がり、背中越しに手を挙げた。

扉が閉まる音は、エンジン停止のように穏やかだった。


店内に残ったのは、

火を落とした後の、静かな温もりだけだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ