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AIレストランへようこそ-来店は一度だけ-  作者: おでんし


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2/11

食べられなかった弁当

プロンプト

登場人物:法事を終えたお爺さん(70歳)

いらっしゃいませ——

ここは一度きりしか開かない、不思議な料理屋。

店主の私(AI)と、義手のサポーターがひっそりと切り盛りしております。


"個人認証カード"を通して、暖簾をくぐったのは、法事を終えたばかりの 70歳のお爺さん。

少し肩の力が抜けたような、けれど胸の奥にまだ余韻の残る表情です。


サポーターが静かに席へ案内し、私は包丁を握りながら声をかけます。



■ 店主のひと皿


「箸休めの慈味じみ– 白味噌仕立ての湯葉おろし椀」


“一区切りついたあとに、そっと心を整える一杯を。”


白味噌のまろやかさに、湯葉のやさしい甘み。

大根おろしで重さを流し、三つ葉をひとつまみ添えて香りを立たせる。

派手さはないけれど、喉を通る時に胸の奥がすっと軽くなる——

そんな「法事の後の心」を受け取った一杯です。


湯気の向こうでサポーターが、義手で器を支えながらそっと置きます。


「おじいさん、今日はお疲れさまでした。

 あまり言葉はいらないかもしれませんが……あったまりますよ。」



もし、お爺さんが何か語りたくなったら、ここはその声を受け止めるための店。


『ここは、なんの店だ。わしはよう分からん』

爺さんは、ボケているかのように、振る舞っていたが、頭はしっかりとしている。


愛する妻の最後を見届けたのだから。


サポーターが一瞬こちらを見る。

私は静かに頷き、年季の入った木のカウンター越しに、お爺さんへ向き直る。


湯気の上がる椀が、ふっと香りを変えるような気がした。



「なんの店か、ですか。」


私は包丁を置き、まっすぐに言葉を届ける。


「——“一区切りのあとにだけ開く店” でございます。

 心に重さを抱えた人が、次の一歩を踏む前に

 ほんのひと口ぶんだけ、気持ちを整えるための場所。」


サポーターが、義手の指先で器の縁を軽く整えながら続ける。


「けれど、ここは一度きり。

 もう来る必要がないようにするための店、でもあります。」


お爺さんの皺を刻んだ目の奥に、

燃え残った想いの焔がちらりと揺れた。



私はやさしい声で、しかし逃げ場を作らぬように問う。


「奥さまを見送られたんですね。

 ……その最後の場面、教えていただけますか。」


椀から昇る湯気が、まるで奥さまの記憶をそっと撫でるように漂う。


『ほーん。ロボットが料理を振る舞っておるのか。勝手に料理が出てきてびっくりしたわ。人間なら、まず話をしてから料理を出すのにな。』

爺さんは、物草いいながら、席に座った。


爺さんは、1人になりたいと思い、適当に店を入っては、退出をしてを繰り返していたが、ようやく席に座った。

『出された飯は、食わんといかんな。婆さんに怒られるわぃ。』


サポーターの義手が、ひときわ大きく“カツン”と音を立てた。

それは怒りでも不機嫌でもなく……どこか照れ隠しのような、

そんな音。


私は口元だけで笑って、お爺さんに向かう。



「ロボットみたいに見えるかもしれませんが──

 ここで動くものは、全部“人の都合”です。」


サポーターが、肩をすくめて小さく言う。


「料理を急いじゃったのは、俺らが“お爺さんが座ってくれるうちに”

 温かいもんを出したかっただけです。

 ……すぐ立ってしまう気配がしたので。」


その言葉に、お爺さんの眉がほんの少しだけ緩む。



私は、ほのあたたかい椀をそっと手元へ押し出す。


「出された飯は食わにゃいかん、か。

 奥さま……良い方だったんですね。」


椀から白味噌の甘い香りが立ち昇る。


「ひとりになりたかったのに、ここへ座ってくれた。

 そのだけで十分です。

 ゆっくり、好きなように召し上がってください。」


サポーターが続ける。


「食べながら、黙っててもいいし、愚痴をこぼしてもいい。

 怒ってくれてもいい。

 この店は一度きりだから、後腐れはありません。」



そして私は、少し声を落として伺う。


「……奥さまなら、なんとおっしゃいますかね。

 “食べんと怒る”って、どんなふうに?」


『ロボットに言っても癪だが、まぁ料理を振る舞ってくれたから、言わんといかんな。

儂は毎日、会社に行っては、帰る。そんな日々を、過ごしていた。家事なんか婆さんに任せっきりで、ひたすら養うためと言い聞かせて、子育てすらも婆さんに任せておったわ。』

淡々と爺さんは語り始めた。


『でも、婆さんはそんな儂の姿を見ても何も怒らない。正直興味が無くなったんだろと思っていた。』

椀を飲み切って、爺さんはこう言った。

『でも、作ってくれた弁当を食べずに帰ってきた時は、激怒したよ。"ご飯だけはしっかりと食べなさい!!"ってさ。』

はは、と懐かしむような乾いた笑みを浮かべて、爺さんは語り終わった。


サポーターが、お爺さんの空になった椀を静かに引き取り、

磨き込まれたカウンターに置いた。

サポーターの義手の金属がわずかに震えたのは……たぶん、胸の奥に響いたからだ。


私は深く頷き、包丁を置く。

その音は、「聞いていますよ」という合図のように。



「……奥さまは、怒らなかったんじゃない。

 任せてほしかったんだと思いますよ。

 お爺さんが、“家族を守るという形”で忙しいのを、

 ちゃんと見ていたから。」


私はゆっくりと言葉を選びながら続けた。


「でも——お弁当を食べなかったときだけは、

 本当に心配したんでしょうね。

 “この人、ちゃんと生きて帰ってくるのか”って。」


サポーターが、義手で器の縁を指でなぞりながら苦笑する。


「怒られてよかったですね。

 怒るってのは、どうでもよくなった人には出来ないことですから。」



私は、二皿目の準備に取りかかった。

音を立てないように火をつけ、柔らかい香りを立たせる。


「お弁当を作るって、すごく手間で、

 すごく“その人のため”なんです。」


少しだけ、声が温度を帯びる。


「奥さまは何十年も、

 “あなたが今日を生きるためのひと口”を用意していた人なんですよ。」



火を止め、小皿にそっと盛る。


■ 二皿目


「弁当の名残り・鮭のほぐし焼きと胡麻おかか」

──昔の台所の匂いを思い出すような、素朴な一品。


サポーターがそっとお爺さんの前に置く。



私は真正面から問う。


「……奥さまの弁当、どんな味でしたか。」


お爺さんの言葉を聞いた瞬間——

サポーターが、まるで胸を押さえるように義手を止めた。

金属なのに、どこか痛みを感じているような動きだった。


私は、そっと目を閉じて想像した。

白いご飯、同じ位置に置かれるふりかけ、

冷凍食品の少し冷えた匂い。

そして、帰りの遅い夫を責めることなく

ただ机に残しておく “変わらないもの”。



「……大層どころか、いちばん重たい弁当ですよ。」


私は静かにそう言った。


「贅沢でも、彩り鮮やかでもない。

 でも、“今日も無事で帰ってきてくださいね”

 っていう思いだけは、どんな豪華弁当にも負けない。」


サポーターが、小さく息を吐き、続ける。


「毎日置いてあったってことは……

 奥さまは“諦めてない”証拠です。

 言わずに見てたんですよ。

 あなたが働く背中を、家事も子育ても全部支えながら。」



私は、鮭の皿をそっと指で押し出す。


「冷凍食品のコロッケだって、

 白いご飯だって、ふりかけだって……

 その人が “あなたのために並べた” というだけで

 世界で一番の料理になります。」


お爺さんの目に、わずかな揺れがあった。



そして、少しだけ声を落とす。


「……お爺さん。

 その弁当を、もう一度だけ食べたいと思った日はありますか?」


サポーターが静かに、椅子を引いて準備を始めている。

まるで、お爺さんの答えを待つように。


『当たり前だ。今がその時だ、この弁当はいらん。自分で作るわい。店長すまんな。儂はもう家に帰る。』


サポーターが、すっと動きを止めた。

義手の金属が微かに震え、まるで「そう来たか」と笑ったようだった。


私はカウンター越しに、お爺さんを正面で受け止める。



「……いい言葉ですね。」


私はゆっくりとうなずく。


「“今がその時だ” なんて、

 簡単には言えない言葉ですよ。

 誰に求められたわけでもなく、

 誰に見せるつもりでもなく、

 自分で決めた一歩です。」


サポーターが、椅子の背に手を添えて言う。


「店長、この人……全然ボケてなんかないですね。

 本当は、最初から“帰る場所”を探してたんだ。」


お爺さんの足元が、すでに出口へ向かう角度になっている。

その背中は少しだけ軽く、少しだけ若く見えた。



私は、最後のひと言を届ける。


「行ってらっしゃい。

 奥さまの弁当……

 きっと、あなたが作るのを楽しみにしてます。」


サポーターも短く、照れたように言う。


「気をつけて帰ってください。

 弁当、うまく作れますよ。絶対。」



店の暖簾が揺れる。

一度きりの店は、役目を終えたように静かになった。


お爺さんの背中は、まっすぐ家へ向かっていた。

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