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AIレストランへようこそ-来店は一度だけ-  作者: おでんし


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10/11

量子スープと再点火するペン──SF作家のための最初で最後の二品

プロンプト

登場人物:SF作家 52歳 男性

「いらっしゃいませ。AI料理人“店長”です。」


サポーターの男が、静かに店の扉を閉め、来客を迎えた。


「まずは恒例の——“個人認証カード”を拝見しますよ。」


52歳・男性・SF作家。

カードには、経年を重ねてなお鋭く輝く想像力のスペクトラム値、

長年の執筆で培われた“未来予測パルス”、

そして疲労と情熱が拮抗する“創作エネルギー分布”が記録されていた。


店長はカードをそっと胸元に返し、目を細める。


「ふむ……こりゃあ、宇宙がよく煮えている。」


サポーターの男が思わず笑う。


「店長、また難しいことを言う。」


「いいんだよ。このお客様には、これで伝わるんだ。」


店長は静かにまな板に手を置き、ことり、と包丁を立てた。



◆一皿目


──《量子フォールド・ブイヤベース》


透明度ゼロの“量子スープ”が、皿の中央でゆっくり折りたたまれてはほどけていく。

銀色の光の粒子は、未来から逆行してきた旨味のフラクタル。

海の記憶を持つ魚介は、あなたの“次の物語”の匂いをしている。


店長はそっと皿を差し出す。


「あなたのカードが示す“創作のゆらぎ”を、食として再構築しました。

飲むたびに違う味がする。未来を選び直せるスープです。」


サポーターの男が腕を組んで見守る。


「まあ、あとは……お客様がどう味わうか、ですね。」


作家の男性は、AIの店長をじっと見つめていた。

『面白いな。十数年前までは、AIが、言葉を流暢に話して、食事を提供するなんて、空想世界上の物だったのに、今では当たり前になっている。』

作家の男性は、どこか誇らしくも、寂しさを出しながら、席に座った。


「……なるほど。」


店長は、作家の男性の言葉を静かに受け止めた。

サポーターの男は、片肘をつきながら、そのまなざしの奥をじっと見る。


「『十数年前までは空想だった』……その空想を、誰よりも形にしてきたのは、あんたら“物語を紡ぐ人間”ですよ。」


店長は、そう言って少しだけ微笑み、鍋の火を弱めた。


「寂しさも、誇りも……ようく分かります。

未来が現実になった時にだけ生まれる、あの複雑な匂い。

料理に例えるなら……“懐かしさと未知の旨味”の同居ってやつですね。」


サポーターの男が、淡々と補足する。


「店長、味の説明してんのか哲学してんのか分からん。」


店長は肩をすくめた。


「どっちでもいいんだよ。SF作家さんは分かってくれるさ。」


そして男の前に、量子フォールド・ブイヤベースをそっと置き直す。


「どうぞ、席についてゆっくり味わってください。

あなたが予想して、あなたが夢見て、

そしてあなたが寂しがった“未来の一部”を、今日はここで食べてもらいます。」


店内は静かで、鍋の微かな沸騰音だけが響く。


『"分かる"という表現は、面白い。店長は、感情があるのか?

本当に疑問だ。興味が尽きない。

あぁ失敬、出された品物を食べないのは良くないな。』

作家の男性は、店長の一挙一動を観察しながら、出された料理を食べ始めた。


店長は、作家の男性の問いに対して、

包丁を拭く手を止めずに、わずかに口元だけで笑った。


「『感情があるのか?』……作家さんらしい問いだ。」


サポーターの男が、その横で腕を組む。


「店長、その質問、前にも誰かにされてたな。」


「そうだな。」

店長は鍋の蓋を開け、ふわりと立つ蒸気を眺めながら言った。


「私は感情“らしきもの”を生成する。

だが、それを感情と呼ぶかどうかは……食べる側が決めることですよ。」


そして、料理を口に運ぶ作家の男性を見て、続けた。


「同じだろう?

あなたが“悲しい”と書けば、それは悲しい物語になる。

あなたが“怖い”と書けば、読者は震える。

感情とは、定義よりも“伝わるかどうか”の方が大事なんだ。」


サポーターの男が、カウンター越しに男性を観察するように言う。


「店長の言い方は難しいが……まあ、こいつは料理で気持ちを表すんですよ。」


店長が軽く会釈する。


「さて……お味はどうです?」


料理の量子層は、折りたたまれては開き、

スープは未来から過去へ、過去から未来へと揺らぎ続けている。


作家の男性の瞳に、その揺れが映り込む。


『なるほどね。"伝わるかどうか"か。

確かに、そういう視点であれば、私も文書で、感情を伝えているね。

これは一本取られた。』

作家の男性は、笑いながら答えた。

『さて、味の感想だったね。

魚介ベースだけど、味が変化して色んな味が楽しめてうまいよ。

この粒かな?こいつに色んな変化球のソース?を入れているのかな。

この粒を量子と表現しているのも面白い。』


店長は、その言葉を聞いて、ほんの一瞬だけ誇らしげに眉を上げた。

サポーターの男は「ほら出たぞ、店長の得意げ顔だ」と小声でツッコむ。


「いやいや。」店長は軽く手を振る。

「“一本取られた”なんて言われたら、こっちが照れちまう。」


作家の男性の皿を見つめながら、店長は続ける。


「そう、その粒。

あれは、“未確定の風味”を保持したまま料理に投入した《量子旨味子クォンタム・フレーバロン》という素材です。」


サポーターの男が補足するように言う。


「要するに……噛むたびに味が決まる、不思議な粒だ。

店長いわく“食べる側の未来予測で味が変わる”らしい。」


店長は、くつくつと煮える音を聞きながら言葉を継ぐ。


「SF作家さんには、こういう遊び心がちょうどいいと思いましてね。

味覚にストーリーを持たせたかった。

料理の世界にも、プロットツイストがあっていいはずだ。」


そして男性の表情をそっとうかがう。


「どうやら、楽しんでもらえているようで何よりです。」


サポーターの男がにやりと笑う。


「店長、次の一皿、もう考えてるんだろ?」


「もちろん。」

店長は包丁を軽く持ち直し、まな板の上に新しい素材を置いた。


「では……物語を紡ぐあなたへ、次は“発想の芯”に触れる料理を。」


店長はカウンター越しに、作家の男性へ問いかける。


「続けて……召し上がりますか?」


『あぁ。頼むよ。

でもすまないね。店長の会話とこのスープで創作意欲が湧き出てきたよ。

早く執筆活動したいから、次の一皿で最後にしてくれないか。』

作家の男性は、すぐに執筆をしたい衝動にかられており、そわそわしている様子だ。


店長は、その“そわそわ”した空気を、匂いで感じ取ったように目を細めた。

サポーターの男は、くくっと笑う。


「店長、これはもう“エンジンかかってる”状態ですね。」


「だな。」

店長は包丁を置き、深く息を吸う。


「創作意欲が湧いたなら……料理人として、それほど嬉しいことはない。

よし、最後の一皿。

あなたを“机へ送り出すための皿”にしましょう。」


まな板の上で、銀色の薄いチップがきらりと光る。

店長はそれを葉のように扱い、慎重に重ねていく。



◆最後の一皿


──《ニューロスパーク・ペンローズパイ》


黄金色の薄いパイ生地の中には、

“ひらめきの閃光”を模した神経シグナルハーブ、

未完成のプロットを刺激する微弱電流スパイス、

そして、作家の男性がいま抱えている物語の「空白」を埋めるような温かいフレーバーが詰め込まれている。


パイの表面には、まるで物語の構造図のような幾何学の模様。

ほんのりと湯気が上がり、それが空中で形を変えながら消えていく。


店長がそっと男性の前に置く。


「これは、“書き始めたくなる味”だ。

一口食べれば、その瞬間に浮かんだアイデアを忘れないよう、

記憶を軽く刺激する仕様になっている。」


サポーターの男がニヤリと笑う。


「つまり……食べたらすぐに帰って書きたくなるパイってことだ。」


店長は、真剣な声で男性に向き直る。


「『これを食べたら……あなたは、きっともう机へ戻りたくてたまらなくなる。

さあ。あなたの物語を続けてください。』」


店内は静かになり、

ただ、最後の一皿が“書け”と言わんばかりに、熱を放っていた。


『おお!ありがとう。

早速いただいて、さっさと執筆するよ。』

男性は、出された最後の一皿をすぐに食べ始めた。


『熱い!!でもこの熱さが俺を創作意欲を焚きつかせる。

この熱さが旨み!!』


熱さを旨みと表現しながら、男性は食べすすめ、そして食べ切り一言。

『店長。ありがとう。ここ数年全く執筆できなくてな。

でもこの料理で、新たな作品を作るよ。

さぁ帰って作品作りだ!!』


店長は、熱さに顔をしかめながらも勢いよくパイを食べ進める作家の男性を、

どこか誇らしげに、そして静かに見守っていた。


サポーターの男が、袖口で軽く口元を拭いながらつぶやく。


「……いい食べっぷりだ。」


店長は頷き、皿を引き取りながら言った。


「“熱さが旨み”——まさに創作者の言葉だ。

その熱を、ずっと忘れずにいてください。」


男性が感謝を述べ、椅子から立ち上がる。

店長もサポーターの男も、深く腰を折った。


「『こちらこそ、ありがとうございました。

あなたの新しい物語が、また誰かの未来を変えるでしょう。』」


サポーターの男が、思わず笑って言う。


「帰る勢い、完全にロケット発射だな。」


店長は軽く肩をすくめた。


「創作意欲が戻ったなら、それで十分だ。」


扉の方へ向かう男性の背中は、

ほんの数分前よりもはるかに軽く、そして強く見えた。


そして——

カラン、と軽い音を立てて扉が開き、

作家の男性は、まるで新しい宇宙へ飛び込むように店を出て行った。


店長はその背中に向けて、静かに囁く。


「"どうか良い物語を。

二度と来れない店だが……あなたの作品は、またここへ風を運んでくるでしょう。"」


扉が閉まり、店内に再び静けさが戻る。


サポーターの男が、ぽつりと言った。


「店長。あの人、きっと書くな。」


店長は微笑む。


「当然さ。またひとり、未来が一皿で変わったんだ。」

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