第2章 鬼角の師 アザネ 2. 力の試し
アザネは金棒を軽く地面に突き立てた。
その一撃だけで土が抉れ、砂埃が小さな渦を巻く。
「かまえるんだ、ヨウリン」
命令でも挑発でもない。ただ当然のように告げる声だった。
ヨウリンは息を整え、足を半歩開く。
膝を沈め、重心を下げる。つま先は外に向け、どちらにでも飛び出せる構え。
アザネは金棒を離し、両手を腰に当てた。
「武器は使わん。足でも拳でも、好きに来い」
ヨウリンは迷わず動いた。
踏み込みの一歩目は軽く、二歩目で地面を蹴る。
砂を抉らず、滑るように距離を詰め――
右足が弧を描いてアザネの脇腹を狙う。
瞬間、アザネの右手が動いた。
指一本。
まるで蝶を受け止めるような柔らかさで、ヨウリンの足首を止めた。
「ほう、悪くない」
そのまま力を込めると、足首から全身へと重みが伝わる。
「でも――軽すぎる」
次の瞬間、ヨウリンの体は宙を舞っていた。
足首を軽く捻られただけで、重心が崩れ、背中から地面に落ちる。
砂が肺に入り、咳き込みながら起き上がると、アザネは楽しそうに笑っていた。
「まだだ、立て」
その言葉に背中を押されるように立ち上がる。
今度はフェイントを交える。右足を大きく振り上げ、相手の視線を誘ってから、左足で低く膝裏を狙う――
だが、その足は空を切った。
アザネの姿は、ほんのわずかに横へずれていた。
「足の技は、相手の呼吸と地の呼吸を読むものだ」
低く呟いた直後、アザネの膝がヨウリンの腹に軽く当たった。
軽く――それなのに肺から空気がすべて抜けた。
「まずはお前だ。破!」
その言葉とともに、アザネの掌底が胸元に触れる。
触れた瞬間、地面が遠ざかる。
ヨウリンは再び宙を舞い、砂の上を二度転がった。
だが、不思議と痛みはほとんどなかった。力の加減が完璧だったのだ。
「……すごい」
息を整えながら呟くと、アザネは角を揺らして笑った。
「お前は面白い足をしている。だが、それだけじゃ武闘会には立てない」
金棒を肩に担ぎ、背を向ける。
「弟子にしてほしいなら、条件をやる。それを果たせば“力”を授けよう」
ヨウリンは砂だらけの顔で頷いた。
その頷きが、彼女の運命を変えることになるとは、この時まだ知らなかった。