第2章 鬼角の師 アザネ 1. 荒地に響く鐘の音
その日、サグラの空は抜けるように青かった。
乾いた風が砂を巻き上げ、陽光が地面を刺すように照りつける。
ヨウリンは市場で母の薬草を買い、町外れの道を歩いていた。
――ゴォォォォォン……
突然、大地の奥底から響くような低音が耳を打った。
ただの音ではない。胸骨の奥まで震わせ、足元の砂をわずかに跳ね上げるほどの衝撃だ。
鐘の音……それも、尋常ではない大きさだ。
二度目の音が来た。
今度は大地が微かに揺れ、近くの岩壁から赤土がぱらぱらと崩れ落ちる。
市場の人々は顔を上げ、目を見開く。
「……あれは、霊峰の方角だ」
誰かが呟いた。
霊峰――町から半日歩いた先にそびえる、岩と雲に包まれた山。
古くから仙人や怪異が棲むと噂され、人々は近づかない。
普通なら、ヨウリンも近づく理由はなかった。
だが、その音の奥に、どうしようもなく心を引き寄せられる何かがあった。
胸の奥で、血が騒いでいる。
気がつけば、彼女の足は霊峰への道を踏み出していた。
道は荒れており、大小の岩が散らばっている。
数刻歩くごとに鐘の音は大きく、重くなる。
やがて、遠くに巨大な影が見えた。
山肌を削るように突き出た巨岩。その前に立つひとりの女。
女は背が高く、鬼のような鋭い二本の角を額に持っていた。
赤紫の長い髪が風に流れ、陽光を反射して妖しく輝く。
片手には、鉄をねじ曲げて作ったような巨大な金棒。
その先端には乾いた血とひび割れた石の粉がこびりついている。
「まずはお前だ……破ッ!」
掛け声と同時に、金棒が横一文字に振り抜かれた。
ゴォォォン――
耳をつんざく衝撃音とともに、巨岩が真っ二つに割れた。
割れた断面から赤土が舞い、鐘のような反響が山にこだまする。
それが、あの音の正体だった。
ヨウリンは息を呑む。
人間離れしたその動き。力と速さ、そして技の冴え。
だが何より目を奪われたのは、その女の笑顔だった。
戦いの最中にしか見せられない、猛々しくも楽しげな笑み。
女がこちらを振り返る。
金色の瞳がまっすぐにヨウリンを射抜いた。
「……ほう、面白い足をしてるじゃないか」
低く、しかし響く声。
「名は?」
「ヨウリン……ヨウリン・ファラクス」
名を告げると、女は口角を上げた。
「私はアザネ。仙の麓鐘の六開祖の一人、“力”を授ける者だ」
金棒を肩に担ぎ、にやりと笑う。
「試してやろうか? お前の足、どこまで通じるか」