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第9話:〈ロード05〉「見えない絆と、紡がれる物語」

目覚めるたびに、世界はリセットされる。

それは、ゲームのロード画面のように、毎回同じ始まりを告げる。だが、私の記憶だけは、その度に重く、鮮明になっていく。

(五度目の「朝」)

侯爵令嬢エルレイン。十七歳。完璧な淑女を目指す身。

その完璧な仮面の下で、私の魂は、無数の死と、観測者への反骨心で煮えたぎっている。


ミリアの笑顔。窓から差し込む朝陽。全てが、寸分違わず「通常運転」だ。

だが、その「普通」が、私にとっては最も異常な光景だった。

私は、この世界の「バグ」であり、観測者の「シナリオ」における異物。

だが、その異物こそが、この世界を「変える」唯一の鍵なのだと、私は確信していた。


学園の講義中、私は隣の席の生徒たちをちらりと見た。

彼らの顔は、感情豊かで、悩みや喜びを素直に表現している。

(彼らもまた、観測者の「シナリオ」に組み込まれているのだろうか)

そう考えると、彼らが笑う姿も、悲しむ姿も、全てが“演技”に見えてくる。

この世界は、壮大な舞台装置。そして、私は、その舞台上で抗う、唯一の「イレギュラー」な存在。


昼休み、私は中庭で、アレン・クロードを見つけた。

彼は、相変わらず木陰で分厚い魔術書を読んでいた。

(彼なら、観測者の「理」に、最も近い場所にいるはず)

私は、意を決して彼に近づいた。


「アレン殿」

彼は、顔を上げ、琥珀色の瞳が私を捉える。

「……また貴様か、氷の令嬢。何か用か?」

その口調は、前回と変わらずぶっきらぼうだ。だが、彼の瞳の奥に、わずかな「好奇心」が宿っているのを、私は見逃さなかった。

「ええ。貴方様に、お尋ねしたいことがありまして」

私は、彼の隣に座った。彼が少し身を引くのがわかる。

「貴方様は以前、この世界が何らかの法則によって“管理”されている、と仰いましたわね」

アレンの表情が、微かに凍り付いた。

「……なぜ、今更そんなことを?」

「わたくし、その“管理”について、もう少し詳しく知りたいのです」

私は、真っ直ぐに彼の目を見つめた。

「貴方様は、この世界の“理”について、人一倍深い知識をお持ちだと存じております。この世界を“観測”している存在について、何かご存知ではありませんか?」


アレンは、しばらく黙り込んだ。

その沈黙は、彼が答えを「探している」のではなく、何を「語るべきか」を思案しているかのように思えた。

「……貴様、まさか、それを“夢”だと思っているわけではないだろうな?」

彼の言葉に、私は息を呑んだ。

「私が知る“管理”は、貴様が想像するような、都合の良い“夢”ではない。それは、この世界の全てを支配する、**絶対的な“摂理”だ」

アレンは、そう言いながら、私を真っ直ぐに見据えた。

「そして、その摂理は、この世界の“物語”**を紡ぐ」


「物語……」

私は呟いた。

「まさか、この世界の全てが、誰かの作った“物語”だというのですか?」

アレンは、わずかに唇の端を吊り上げた。

「否定はしない。この世界は、常に**“正しい物語”を求めている。そのために、“不必要な要素”は排除される。そして、“選択肢”**が与えられる。貴様も、その“選択肢”を何度も与えられたはずだ」

彼の言葉は、観測者の存在を明確に示唆していた。

「そして、貴様自身が、“不必要な要素”になろうとしている。故に、“修正”を加えられているのだろう」

彼の言葉は、全てを言い当てていた。


「もし、この世界の“物語”が、誰かの意思で紡がれているのなら……それを、書き換えることはできませんか?」

私は、彼の瞳の奥に、かすかな期待を込めて尋ねた。

アレンは、再び沈黙した。

そして、ゆっくりと魔術書を閉じた。

「……書き換え、か。それは、容易ではない。だが、不可能ではないかもしれない」

彼の言葉に、私の胸が高鳴った。

「この世界には、**“物語の欠片”が存在する。それは、本来の“物語”とは異なる、“別の可能性”**の痕跡だ。それを集めることができれば……」

アレンは、そこで言葉を切った。その瞳に、一瞬、私が知るアレンの純粋な探求心が宿ったように見えた。


「“物語の欠片”……?」

それは、私が背負う「選ばれなかった選択肢たちの怨念」のことだろうか。

それこそが、観測者が私に求める「未練」であり、私が世界を書き換えるための「執念」となるものなのか。


「……だが、それには代償が伴う。貴様の想像を絶する、**大きな“対価”**を払うことになるだろう」

アレンの声は、警告めいていた。

「貴様の“存在”すらも、揺るがすかもしれない」

彼の言葉は、私の心を深くえぐった。

観測者は、私に「未練」を求め、私が「真実」に近づこうとするたびに「修正」を加える。

そして、この世界の理すら知るアレンは、その行為には「代償」が伴うと警告する。


(だが、私はもう、引き返せない)

この世界に、ログアウトなんてないのだから。


夕方、私はセシル殿下とのティータイムに臨んだ。

完璧な笑顔で、彼は私に紅茶を勧める。

だが、彼の瞳の奥に、微かに「私」への「関心」のようなものが宿っているように見えた。

それは、私が彼に「秘密の共有」を持ちかけたことで生まれた、**観測者も予測できない「歪み」**なのか。

彼の中に、私が彼に与えた「違和感」が、まだ残っているのだろうか。


彼の隣には、無表情のユリウス。だが、彼が私の存在を、以前よりも強く「認識」していることが、私にはわかった。

彼のわずかな視線の動きや、私が話す言葉に、彼が無意識に耳を傾けているのが感じられた。

それは、私が彼を「人間」として扱おうとしたことで生まれた、**見えない「絆」**なのかもしれない。


(観測者よ。貴方がどれだけ彼らを「修正」しようとも、私の「執念」が、彼らの中に「異物」を混入させ続ける)

彼らは、私の「選択」によって、**「物語の欠片」**のように変化し、私の中に「記憶」として積み重なっていく。

そして、その「欠片」こそが、この「偽りの物語」を打ち破る、唯一の武器となる。


夜、自室の窓から満月を見上げる。

月明かりが、私の顔を照らす。

私の瞳には、もう「完璧なヒロイン」の虚ろな輝きはない。

宿るのは、全てを見通す知性と、全てを打ち破る覚悟。

そして、次の**「セーブポイント」**への、揺るぎない意思。


──この紡がれる物語の結末は、私が決める。

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