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第7話:〈ロード04〉「書き換えられた未来、残された未練」

目覚めると、自室の天蓋付きベッドの上だった。

朝の光が、レースのカーテン越しに優しく差し込んでいる。

鳥のさえずり。窓の外には、見慣れた庭園。

そして、控えめなノックの後、扉を開ける侍女ミリアの朗らかな声。

「お嬢様、朝でございます」


(……ロード、された)

私は確信した。

あの遺跡での出来事。消え去った騎士。観測者の声。ユリウスの変化。

あの全てが、私が意図的に「真実のルート」を開拓しようとした結果、観測者によって強制的に「ロード」されたのだ。


喉元に手をやる。血の感触はない。

掌に、血の一滴もついていない。

だが、あの時の光の痛覚も、観測者の声が直接脳に響いた感覚も、鮮明に私の身体に残っている。

まるで、私の肉体は巻き戻されても、私の魂は、あの瞬間を刻みつけたまま、ここにあるかのようだ。


「お嬢様、どうかなさいました?」

心配そうに覗き込むミリアに、私は平静を装って首を振る。

「いいえ、何でもないわ。少し、昨晩の夢が気になっただけよ」

夢。この世界にとって、私の「記憶」は、都合の良い「夢」として処理されるのだろうか。


朝食を済ませ、学園へ向かう馬車に乗り込んだ。

全てが、第1話の「プロローグ」と同じだ。

王太子セシルは、学園の門で私を完璧な笑顔で出迎え、完璧なセリフを口にした。

「エルレイン、君は本当に美しい。今日の君のドレスも、宝石も、全てが君のためにあるようだ」

彼の目は、私の記憶にある、あの「ひび」すら見せない。完全に初期設定に戻されている。

(観測者が、徹底的に修正した、というわけね)

私の行動が、どれほど彼らにとっての「イレギュラー」だったかを物語っていた。


そして、私の視線は、セシルの傍らに立つ、黒髪の騎士へと向けられた。

騎士団長ユリウス・フォン・ライゼンベルグ。

彼は今日も無表情で、微動だにしない。

彼の瞳には、あの遺跡で見せた、私への「覚悟」や、世界の「異常」に対する「驚愕」の感情は、一切見られなかった。

まるで、彼の中に宿っていた「自我」の萌芽が、根こそぎ刈り取られてしまったかのように。


(……ユリウス)

胸の奥が、軋むように痛んだ。

私が「真実のルート」へと彼を導こうとした結果、彼は再び、観測者の「設定」へと戻されてしまった。

私の手で、彼の未来を「書き換えて」しまったのだ。

彼は、私のせいで、あの「覚悟」を、あの「人間性」を、失ったのだろうか。

これは、観測者からの明確なメッセージだった。

「私に抗うのなら、お前の大切なものを奪い続けるぞ」と。


午後、私は図書館を訪れた。

アレン・クロードは、いつもと同じ場所にいた。

「アレン殿」

私が声をかけると、彼はゆっくりと顔を上げた。

「……貴様か。このような場所に何の用だ、氷の令嬢」

その口調は、私が第4話で体験した、あのぶっきらぼうな口調そのものだった。

そして、彼の瞳には、以前感じた「好奇心」も、「管理」という言葉を発した時の意味深さも、一切見られない。

彼もまた、完璧に初期設定へと戻されていた。


(全てが、元に戻った)

だが、私の中にだけ、全てが残っている。

あの遺跡で体験した恐怖も、観測者の声も、そして、ユリウスやアレンの中に生まれたはずの「変化」も。

それは、私を追い詰める「未練」なのか。

それとも、この世界を打ち破るための「執念」なのか。


夕方、自室の窓から中庭を見下ろしていた。

夕日が、学園の校舎を赤く染める。

全てが美しく、平穏だ。だが、その平穏の裏に、観測者の冷酷な「管理」が見え隠れする。

彼らは、私が「真実のルート」に進むことを許さない。

私が「偽りの選択肢」から外れようとするたびに、私を「ロード」し、世界を「修正」する。


(観測者は、なぜ、そこまで私に「正しいルート」を選ばせたいのだろう?)

私の脳裏に、あの遺跡で見た「未練メランコリア」という名の薔薇が蘇った。

そして、セシルがその薔薇に触れて言った言葉。

「全てを諦めきれない、強い執念を感じるからだ」


もし、観測者が私に求める「未練」とは、私自身が過去に選ばなかった「可能性」を、この世界で全て網羅することだとしたら?

私が経験した無数の死。無数のバッドエンド。無数の「選ばれなかった選択肢」。

観測者は、その全てを、私の「未練」として収集し、それをこの世界の「物語」に統合しようとしているのではないか。

私が、全ての「未練」を背負い、「正しいルート」を辿り、最終的に「完璧な物語」を完成させること。

それが、彼らの目的だとしたら?


ぞっとした。

私の人生は、彼らにとっての「物語」の完成品を作るための、壮大な実験台なのか。

私が背負う苦痛も、死の記憶も、全てはより完璧な「物語」を作るための、データに過ぎないのか。


「冗談じゃないわ……」

私は唇を噛み締めた。

私の人生は、誰かの物語の道具ではない。

私の感情は、誰かのデータではない。


夜が訪れる。

部屋の暖炉で、薪が静かに燃えている。

その炎は、私の心の中で燃え盛る怒りの炎と重なった。


(観測者よ。私は、貴方の望む「完璧な物語」など作ってやらない)

(私は、私自身の「未練」を、私の「執念」に変える)

(そして、貴方が望まない、**「真実のルート」**を、この世界に刻んでみせる)


次の「ロード」が、いつ来るかはわからない。

だが、私は知っている。

私がこの世界を揺るがす「イレギュラー」である限り、観測者は必ず私に干渉してくる。

それは、私を阻む壁であると同時に、私が「真実」へ近づいている証拠でもある。


──書き換えられた未来の中で、私だけが、真の未練を抱きしめ、抗い続ける。

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