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第6話:〈セーブ02〉「遺跡の奥底で、彼は嗤う」

馬車が揺れる。

窓の外には、見慣れた侯爵領の森が、今日はいつもより暗く、そして深く見えた。

隣には、騎士ユリウス。今日も彼は無表情で、ただ真っ直ぐ前を見据えている。

彼の背後には、数名の護衛騎士が続く。父の命令だ。

私がこの旅に誘い出したのは、この世界の「ゲーム」では未踏の地。

古代遺跡。


「騎士様」

私が呼ぶと、ユリウスは視線を私に向けた。

「その遺跡について、何かご存知かしら?」

私の知るゲームの知識では、この遺跡は特定のルートでしか解放されない隠しダンジョン。彼の初期設定には、詳しい情報は含まれていないはずだ。


「……古代の魔術師が、禁忌の研究を行った場所だと伝えられています。危険な場所であり、領内でも立ち入る者はおりません」

彼の声は、やはり感情の起伏に乏しい。だが、その瞳の奥に、微かな「警戒」の色が見えた。

(やはり、知らないのね)

私がゲームの知識を基に行動していることは、彼にはわからない。

だが、その行動が、彼の「設定」にはない「イレギュラー」であることは、肌で感じ取っているのだろう。


馬車を降り、森の奥へと足を踏み入れる。

木々の間からは、腐敗した土と湿った苔の匂いがした。

足元には、朽ちた落葉が積もり、踏みしめるたびに乾いた音が響く。

私がゲームで見た景色とは、まるで違う。もっと、生々しく、荒廃している。

まるで、この世界が、「観測者」の視点から外れた瞬間に、その“仮面”を剥がしたかのように。


奥へ進むほど、空気は重く、肌を刺すような冷気を感じるようになった。

やがて、木々の隙間から、石造りの巨大な構造物が見えてきた。

蔦に覆われた、崩れかけた壁。苔むした石段。

それは、まさしく、私の記憶の中にある、**「呪われた遺跡」**の姿だった。


「エルレイン様、ここから先は、より一層警戒を」

ユリウスの声に、わずかな緊張が混じっていた。

彼が、この場所の「危険性」を、本能で感じ取っていることがわかる。

「ええ」

私は頷き、遺跡の入り口へと足を踏み入れた。


内部は、闇に包まれていた。

騎士たちが持つランタンの光が、壁に奇妙な影を落とす。

壁には、見たこともない古代文字が刻まれている。

それらの文字は、まるで生きているかのように蠢いているように見えた。

私の脳裏に、アレンの言葉が蘇った。

『この世界が、何らかの法則によって**“管理”**されていると感じたことはないか?』

この遺跡こそが、その「管理」の根源と繋がっているのではないか。


通路の途中で、騎士の一人が足元の石につまずいた。

その瞬間、床の一部が崩れ落ち、その下から、微かな光が漏れ出した。

「そこは危険だ!」

ユリウスが叫んだが、もう遅い。

その光は、床下から這い上がるように広がり、一人の騎士の身体を包み込んだ。

そして、騎士の身体は、瞬く間に光の中に溶けて消えた。

まるで、**「バグ」として世界から「削除」**されたかのように。


「くっ……!」

ユリウスは、即座に剣を抜き、残りの騎士たちを守るように前に立った。

彼の顔には、怒りと、信じられないものを見た驚愕が混じっていた。

「エルレイン様、どうか、お下がりください」

その声は、命令ではなく、むしろ懇願のようだった。

(このユリウスは……私が知る、どのユリウスとも違う)

彼は、目の前の「イレギュラー」な現象に、明確な「感情」を露わにしていた。

それは、観測者の設定を超えた、彼自身の「意志」の表れ。

まるで、私の「選択」が、彼を「人間」にしているかのように。


「騎士様、落ち着いて。これは……**この世界の“修正”**よ」

私は、冷静に言い放った。

ユリウスが驚いたように私を見た。

「エルレイン様、何を……」

「この世界は、私たちの想像以上に、複雑な仕組みで動いている。そして、私たちが“正しい”道から外れようとすると、世界は“修正”を加えてくる」

私は、あの消え去った騎士がいた場所を、冷静な目で見ていた。

彼の死は、私がこの遺跡に足を踏み入れたことへの、観測者からの警告だろう。


奥へ進むと、開けた空間に出た。

そこには、巨大な円形の台座があり、その中央には、クリスタルのような光を放つ、謎の物体が浮遊していた。

その物体から、無数の細い光の糸が伸び、空間全体に張り巡らされている。

まるで、**「観測者」の“目”**が、その空間を隅々まで監視しているかのようだった。


「これは……」

ユリウスが息を呑む。

その光の糸の一つが、私に伸びてきた。

その瞬間、私の脳裏に、無数の「声」が響き渡った。

『なぜ、そのルートを選んだ?』

『なぜ、我らの期待に応えぬ?』

『なぜ、貴様は、その「未練」を捨てぬ?』

それは、選ばれなかった選択肢たちの怨念の声。

そして、その奥には、明確な意思を持った、「観測者」の声が聞こえた。


『貴様は、我らが与えた「選択肢」から逸脱しようとしている』

『だが、それは許されない』

『貴様が「真実」を求めるのなら、それに相応しい「代償」を払うが良い』


私の身体が、痺れるように震えた。

まるで、私の存在が、この世界の「プログラム」から弾き出されようとしているかのように。

だが、私は、それに屈しない。

この「声」は、観測者が、私の行動を制御しようとしている証拠。

私が、彼らにとっての「イレギュラー」になりつつある証拠だ。


「……ッ、これは、あなたの望みではないわ!」

私は、響き渡る声に反駁した。

「私は、誰の人形でもない! 私のルートは、私が決める!」

私の言葉に呼応するように、ユリウスが剣を抜いた。

「エルレイン様! ご無事ですか!?」

彼は、光の糸から私を庇うように、前に立つ。

彼の背中から、今まで感じたことのない、強い「覚悟」が伝わってきた。

(ユリウス……)

彼は、観測者のプログラムに逆らって、私のために動いてくれている。

私の選択が、彼を「自由」にしている。


その時、空間に響き渡る声が、再び聞こえた。

それは、私を嘲笑うかのような、低い声。

『愚かな人形め。この世界は、**我らが紡ぐ物語シナリオだ』

『貴様の「執念」は、ただのノイズに過ぎない』

『だが……そのノイズが、次の「セーブポイント」を生み出した』

『貴様が選ぶ「真実のルート」の、最初の記録ログ**だ』


光の糸が、台座に収まるクリスタルのような物体へと収束していく。

そして、その物体が、まるで心臓のように鼓動を始めた。

私の頭の中に、新たに「セーブポイントが作成されました」という、無機質な声が響いた。

(……セーブ02)

私は、新たなセーブポイントに到達した。

だが、それは観測者が望んだものではなく、私が「真実のルート」を切り拓こうとした結果、**観測者が「強制的に記録せざるを得なかった」**ものだ。

この遺跡は、私の「真実のルート」を刻む、最初の舞台となった。


私は、ユリウスの背中越しに、そのクリスタルのような物体を見つめた。

その輝きは、私を閉じ込める監視者の目のようでもあり、同時に、私の抗いを記録する「証」のようでもあった。


──観測者よ。私は、貴方のシナリオから、ログアウトしない。

──この世界で、貴方の「管理」を、私が**“上書き”**してやる。

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