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第5話:〈ロード03〉「偽りの選択肢、真実のルート」

時計の針は、常に同じ速度で進む。

私だけの記憶を除いて、全てが**“正しい”時間軸**に沿って、この世界は動いている。

学園での日々は、表面的には平穏そのものだ。完璧に作られた舞台の上で、完璧な役者たちが、完璧なセリフを喋り続ける。

だが、その完璧さこそが、私にとっては最も不気味なものだった。


観測者は、私に何をさせたいのだろう?

私が死に戻り、過去の記憶を引き継ぐこと。

それは、私を苦しめるためか。

それとも、私に何かを「学ばせる」ためか。


王太子セシルの笑顔は、相変わらず寸分違わぬ完璧さだ。あの温室での微かな「ひび」は、まるで私の錯覚だったかのよう。彼は私を「理想の婚約者」として扱い、誰もが羨む関係を演じ続けている。

だが、彼の完璧さが、かえって彼自身の「人間性」を希薄にしているように思えた。

彼の笑顔は、まるで、観測者の「期待」をそのままトレースしたかのような、虚ろな完璧さだった。


騎士ユリウスは、以前として寡黙で、私の傍らに立つ。私が「夢」の話をして彼を揺さぶった後も、彼は私への忠誠心を変わらず示している。

だが、時折、彼の黒曜石のような瞳の奥に、何か言い知れぬ「迷い」のようなものが宿るのを感じる。

それは、私が引き起こした「バグ」の痕跡か。

あるいは、彼自身の内に秘められた、**観測者にはコントロールできない「自我」**の萌芽か。


そして、アレン。彼は最近、私を避けるようになった。

図書館で彼と交わした「観測」「管理」についての会話以来、彼の視線は私を捉えるものの、距離を置かれているのがわかる。

彼は、私が知るアレンよりも、この世界の「理」に深く関わっている。

もしかしたら、彼は、私を「観測」する側……あるいは、観測者に**「観測されている側」**の、最も敏感な端末なのかもしれない。


(この世界は、私に「正しい選択肢」を選ばせることで、何かを完成させようとしている)

私は、一つの仮説に辿り着いた。

私が死に戻りを繰り返すのは、単に「バッドエンド」を回避させるためではない。

私に、様々な「未練」を経験させ、その上で、**観測者が望む「真の選択」**をさせようとしているのではないか。

私が背負う無数の死の記憶、選ばれなかった選択肢たちの怨念。

それらは全て、観測者が私に「正しいルート」へと導くための、データ収集だったのではないか?


夕食後、私は自室で、古い地図を広げていた。

このヴァレンシュタイン侯爵領の、古い地図だ。

私が知るゲームの知識では、この領地のどこかに、隠された古代遺跡があったはず。

それは、特定のルートでしか解放されない、隠しイベントの舞台だった。

ゲームの中では、その遺跡は単なる「物語の舞台装置」に過ぎなかった。

だが、もしこの世界が「観測者の描いた物語」であるなら、その遺跡は、何らかの**「真実」**を隠している場所ではないか?


(偽りの選択肢……)

ゲームは、私に「限られた選択肢」しか与えなかった。

セシルを選ぶか。ユリウスを選ぶか。アレンを選ぶか。

あるいは、誰とも結ばれず、ただ日々を過ごすか。

だが、全ての選択肢の先には、常に観測者の意図が見え隠れしていた。

私がどれを選んでも、最終的には観測者が望む「物語」に収束するように、巧みに設計されていたのだ。


だが、私は、もうそんな「偽りの選択肢」には従わない。

私の「未練」は、もう誰かに利用されるためのものではない。

私の「執念」は、この世界を「ログアウト」させないための、私自身の力だ。


翌日、私は父である侯爵に面会を求めた。

「お父様、わたくし、最近、侯爵領の歴史に興味を抱いております。つきましては、古地図に記されている、あの……古の遺跡について、詳しくお伺いしてもよろしいでしょうか」

父は、私の問いに少し驚いた顔をした。

「ほう、エルレインがそのようなことに興味を持つとはな。だが、あの遺跡は、ただの言い伝えの場所。危険な上に、何も見つかったことはないぞ」

父の言葉は、まるでゲームのNPCが「このイベントはまだ解放されていません」と告げるかのような響きだった。


(ゲームでは、父にこの質問をすると、決まってこの返事が返ってきた)

だが、私は知っている。特定の条件を満たせば、父は渋々ながらも、その場所への立ち入りを許可する、と。

私は、知っている「条件」を、父にさりげなく提示してみせた。

「ですが、お父様。確か、その遺跡には、古代の魔術に関する記述が残されていると、以前、アレン殿が関心を示しておられましたわ。もしかしたら、この領地の魔術的な防御を強化する手がかりになるかもしれません」


父の眉が、ピクリと動いた。

「……アレン殿が、か」

観測者がアレンに「管理」という言葉を喋らせたのは、偶然ではなかったのかもしれない。

「うむ……確かに、アレン殿の関心を買えるのであれば、検討の余地はあるかもしれんな」

父は、しばらく考え込むと、渋い顔で頷いた。

「だが、決して一人では行かぬこと。必ず騎士を伴うように」


(ロード成功、そして、新しいルートの解放)

私は、心の中でガッツポーズをした。

これは、ゲームの「イベント」ではない。

私が、この世界に干渉し、強制的に新たな「選択肢」を作り出したのだ。

観測者が与える「偽りの選択肢」ではない、**私自身の「真実のルート」**への第一歩。


私は、自室に戻り、ユリウスを呼び出した。

「騎士様。近いうちに、私が侯爵領の古の遺跡へ赴くことになりそうです。その際は、護衛をお願いできますか?」

ユリウスは、無言で頷いた。彼の表情は依然として読み取れないが、彼の瞳の奥で、微かな光が宿っているように見えた。


私は、ゆっくりと窓の外を見上げた。

そこには、青い空がどこまでも広がっている。

観測者よ。

あなたが見ているこの「ゲーム」は、もうあなたの思い通りには進まない。

私が選ぶのは、あなたが用意した「偽りの選択肢」ではない。

この世界の真実を暴き、私自身の「未練」と「執念」で切り拓く、**唯一無二の「真実のルート」**だ。


──次のロードは、もうあなたの指先にはない。

方向性を決めたいと考えているので、出来ましたら、感想などをいただけると嬉しいです。

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