【急募】ウェイトレス/時給8万円
――ちゃんと、目隠しは着けたかな?
どれ、ちょっと見せてごらん。あらら、駄目だよこれじゃ。外されちゃう。
さあこっちに来て、そのまま、動かないで。うん。じゃあここを持って、引っ張って……と。まあ、これで大丈夫かな。痛くない? そう。それはなにより。
うん?
『どうして目隠しするのか』って、それは……あれだよ。今日のお客さまは、ちょっとした有名人なんだ。
今の世の中は、軽くふざけたり、本音を言ったりするだけで炎上しちゃうでしょ? そういうリスクを避けるためには、いっそ、姿なんて見られなくしたほうがいいんだよ。――まあ、僕のように信用のおける人間は別だけど。
きみ、テレビとかニュースは見るほうかな? だとしたら、知ってると思うよ、今日のお客さま。
でもまあ、不安にはなるよね、目隠しなんて。
安心してよ。終わったら、きちんと外してあげるから。
だから、十五分。
いいかい? たったの十五分だけ、僕の指示に従えばいい。お客さまとの会話は僕がする。きみはただ、僕の命じたとおりに動けばいいんだ。例えば――そうだね、左手を上げてくれるかな?
そう。もうすこしだけ、高く上げられる? いいね! ばっちりだよ。
その調子でお願いね。勝手なことをしたらいけないよ。本当に。どこかへ歩き出したり、なにかを喋ったりしたら困るから。わかった? ああ、ならいいね。
いや、それにしても、似合うねぇ。
制服、サイズはちょっと、ちょっとだけね、合ってないけど、それがかえって良いよ。
暑くはない? ……そっか。まあ十五分くらいなら、我慢できるでしょ。のどが渇いても、少しだけ我慢してほしいな。終わったら、なにかおいしいものを飲ませてあげるから。
――いらっしゃったようだね。
じゃあ早速、そこに立ってくれる? ああ、そこって言ってもわからないか。ちょっとごめんね……はい、ここ。そう、そのまま。僕が良しっていうまで、絶対に動かないで。絶対だよ。動くな。いいね。
――ようこそ、お待ちしておりました。
本日はこのような場所へおいでに……おや、濡れていらっしゃいますね。
どうぞ、こちらでお拭きになってください。いえ、お気になさらず、存分に。拭き終わりましたら、そのあたりに放ってくださってかまいません。それよりも、さあ、こちらへ、奥へ、どうぞ。
……ああ、それ、気になりますか?
いいでしょう。さっき届いたばかりなんです。手入れが行き届いてないもんで、お世辞にも綺麗とはいえないのですけど、でもそこがいいんですよ。お客さまもそう思うでしょ?
ええ、
『うらやましい』と。
そうですよね。そうでしょうとも。
――ああ、ちょっと、お触りになるのはよしてください。ほら、ちょっと、お客さま、やめて、ほら。喋るな。動くなよ。
……いや、こっちの話です。ごめんなさいね。売り物ならいいんだけど、これは私のだから。さあそんなものは放って、奥へどうぞ、もっといいものがありますから、ね? そこの廊下を進んで、ずずっと、そうそうそう……。
ほら、きみも着いてきて。
さあ、そちらのお席へどうぞ。
お料理のほう、まもなくお持ちいたしますので、ごゆるりとお待ちください。
……そのまま、服をつかんで、着いてこい。
転ぶなよ? 転ぶな。わかったね。
よし。じゃあ、まずこれを持って。
大丈夫、ただのプレートだよ。
料理が載ってるから、絶対にひっくり返さないように。
はい。ちょっと肩に触るよ。じゃあ背筋をピンと伸ばして、ぐるっと後ろに振り返る! そのまま、右足を出して、一歩、二歩、三歩……
止まれ。
腕をゆっくりと前に出して、テーブルの上に、置け。
いい子だ。
――お待たせいたしました。
こちら、一品目、『菜の花とトマトのオムレツ』でございます。
お手元のスプーンとフォークでお召し上がりください。
……いかがでしょう。お気に召していただけましたか?
おや、それは残念。
こちら、お母上の得意料理で、お客さまの大好物だとうかがっていたのですが……。
ああ! 思い出していただけましたか。
そんな、泣くほど喜んでいただけるなんて、料理人冥利に尽きます。
まだまだ料理は続きますので、最後まで、心よりお楽しみください。
――ほら、次の配膳だよ。
プレートをしっかり持って、そのまままっすぐ。
一歩、二歩、三歩……
はい。
お待たせいたしました。こちら二品目。『ミミガーのお刺身』です。
キュウリやもやしと一緒に、コリコリとした感触をお楽しみください。
ええ、ええ。こちらも、お客さまがロケで沖縄に行かれた時、いたく気に入られたとのこと。レシピを調べて、作ってみた次第です。
材料にも、こだわったのですよ。
豚を一匹、捕まえましてね。あちらにある棒――あれでね。頭を殴って。一度や二度ではありませんよ。動かなくなるまで、ピクリとも動かなくなるまで、延々と、殴り続けました。
そうして、ロープでぐるぐるとしばりあげて……右耳をね、ペンチで、ぐっとつかんで引っ張って、もう一方の手で耳の軟骨を、こう、ぶちぶちと。
ご存じでしたか。耳って、刃物を使わなくても簡単にちぎれるんです。いや、私自身、やってみて初めて知ったんですけどね。
――ええ、ええ。よく噛んで食べてください。
きっと、その耳の持ち主も、喜んでおりますよ。
最後に聞く音があなたの咀嚼音だなんて、たまらないはず……。
あれは、お客さまを慕っておりましたからね。
それこそ、四六時中、追いかけまわすほど。
まもなく、メインディッシュの準備に入ります。それまで、どうかごゆっくり、こりこりと、よくお噛みになってお待ちください。
はい、これを持って。
しっかり握ってよ。振り回さないように――喋るな!!
勝手に、喋るな。無事に帰りたいでしょ。
……それで、『これはなんですか』だっけ?
ナイフだよ。ただのナイフ。
はい。しっかり両手で握ってね。そのままこっちに来て――ストップ。切っ先を正面に向けて、両手を、まっすぐ前に突き出して。
いやいや、ちゃんとやってよ。腕が伸びきるまで、まっすぐ前に突き出すの。
大丈夫、いまナイフにぶつかっているのは、ただの豚肉。なんでもない、その辺にいる豚の肉だから。
まあ、目隠しのせいで不安になるのはわかるよ。だけど、いまは僕を信じてほしいな。それ以外に、方法はないんだから。
――じゃあ、もう一度やってみよう。
切っ先を正面に向けて、腕をまっすぐ前に、出せ。
いいよ。先端が刺さった。そのまま、ずぶずぶと。そう! いい子だ。上手だよ。刀身が、ずぶずぶ、ずぶずぶっと沈んでいく。切れ味が良くって、気持ちいいでしょ。
そう?
見ているこっちは、気持ちいいよ。
さあ、血が噴き出した。ナイフの出番は、もうおしまい。
今度はこのグラスを持って、その中に、血を注いでほしい。
大丈夫、いま刺した場所に、グラスのふちをあてるだけでいい。手は汚れるけど、安心して。あとでちゃんと洗わせてあげるから。
――ちょっと、吐かないでよ?
匂いが気になるのかな。
だったら、ほら。きみの鼻に、ハンカチを当ててあげた。これでもう大丈夫でしょ?
さあ、グラスを、血が噴き出る場所に押し当てて。ほら、暴れるな。
言ったとおりに、やれ。
うん。いいよ。血が溜まっていくね。
こぽこぽ、こぽこぽ。あと少し、もうちょっと……。
よし、そこまで。
じゃあ、そのグラスを持って、お客さまのところに行こう。
言うまでもないけど、こぼすなよ。
大変お待たせいたしました。
こちら、本日のメインディッシュ、『加藤純也の血液』です。
ええ、ええ。
思い出して、いただけましたか。
そうです。お客さまを殺した、男の血です。
さあ、どうぞ。お飲みになってください。
お替わりは、奥のほうに、いくらでもありますから。
――ご存じですか? 血液の主成分は肉と同じく、たんぱく質と水なのです。捨てられることが少なくありませんが、『液体の肉』と呼ばれるほど、豊富な栄養を含んでいるんですよ。
血液を腸で包んだブラッドソーセージ、お食べになったことはございますか? 濃厚で、おいしいですよね。そのほかにも、血を、小麦粉や牛乳と混ぜて作るパンケーキや、塩を加えて固めた血のゼリーなんていうのもありますが、今回はすっぽんのように『そのまま飲んでいただこう』と考えたのです。
生き血、とは言えないほどの時間は経ってしまいましたが、それもまた、味でございましょう。
――ああ、最期まで思い出していただけたようで、何よりでございます。
本当に、かわいそうな事件でした。なんの罪もないアイドルが。将来を約束されていたあなたが、おかしなファンの男に、命を奪われた。
つらかったでしょう。苦しかったでしょう。
鈍器で殴られ、身体を縛られ、耳を裂かれ、水底に、沈められ――
お恨みになるのも、やむを得ないことでございます……。けれど、ねえ。いつまでもあのような場所に居られては、困るお方もいらっしゃるのですよ。
動けません、よね。
よかった。じゃあ暴れずに、おとなしく、この瓶の底を見つめてください。
ここは、あなたの還る場所です。
肉体を失ったあなたは、食事を経たことで、再び、命に近づいている。
だから、もう一度、きちんと死んでいただきたいのです。
ただの肉になって、解けて、水に、成ってください。
――そう。そうです。
そのまま、ずずっと、奥まで、奥に、戻れ。戻れ。
水に、還れ。
はい、おつかれさま!
目隠し、外していいよ。
ああ、もう喋ってもいいからね。気楽にしてよ。あっちのほうに厨房があるから、ひとまず手を洗ってきたらどうかな。
――いやいや、殺してないよ、誰も。
疑うんだったら、シンクの隣、きみが刺したものを見てくればいい。ただの豚の死骸だから。そもそも加藤純也、塀の中でまだ生きてるし。
うん。手を清めたね。それじゃあ最後の仕事だ。
はい、これ、飲んで。
いやいや、ただの水だよ。ほら、さっき言ったでしょ。終わったら、おいしいものを飲ませてあげるって。汗、すごいじゃない。従業員の水分補給は、きちんと管理しないとね。
嫌とか言われても困るよ。だって、ほら、八万円も払うわけだし。ロボットみたいに動くだけで、そんな大金、もらえるわけがないでしょ。
だからほら、飲んでよ。
なあ、おい。
飲め。
……よし。いい子だね。
じゃあ瓶のふちに唇をつけて、そのまま、ごくりごくりと飲み干して。そう。いい飲みっぷりだね。どんな味がする? 血の味? 水の味?
じっくり、時間をかけて飲んでね。
どうして、瓶を受け取っちゃったのか、言われるままに飲んでいるのか、不思議でしょ。駄目だよ、知らない人の言うことに唯々諾々と従ったら。心を囚われちゃうからね。
最後の一滴まで、きちんと、飲み干せ。
お憑かれさま。
あとは、どこかで生きて、適当に死んで、きちんと地に還れ。
制服はあっちの部屋で脱げ。元の服に着替えたら、そのまま店を出て家に帰れ。
それじゃ、さようなら。
……え?
ねえ、きみいま、返事しなかった?
いや、『給料払え』って――
ははっ、
あははははッ
ちょっと、目を見せて。
動くな、見せろ!!
――すごいなぁ。あれを飲んだのに、澱んでないじゃないか。きみ、ご先祖にすごい人がいたりしない? わからないか。じゃあこっちで調べておくよ。
ああ、お金ね。あとで紹介者に払う予定だったけど、直接渡しておこうか。ちょっと待ってね……。
はい、これ。
ごめんね。いま手持ちの現金が少なくって、足りるかな?
いやいや、『こんなにもらえない』とか、そんなことは言わないで……。
きみにはこれからも、いろいろお願いするんだから。
ほら、ぱーっと遊んでおいで。
一見、娯楽が少ない町だけど、駅前の商店街。あの裏口にはいろんなお店があるから。きっと気に入るよ。そんなはした金、何かに吸われるように、ぱーっと消えちゃう。
足りなくなったら、またおいで。
ね?
呼んだら、来い。
わかったね?
いい子だ。じゃあ、
明日も、よろしくね。