そこには灯火も桃花もなく
外は間もなく黄昏れ刻。
時折、遠くで電車の走る音が聞こえる他は物音もなく、場は静まりかえっている。
そんな放課後の薄暗い教室に、ぽつんと一つだけ席に着く姿があった。
古風なデザインのセーラー服に身を包んだ女生徒だ。
小さく幾度も溜息を吐いている自分にも気付かぬ様子で机の上に項垂れている。
そこに、ガラガラガラっと勢いよく引き戸を開ける音が響き渡った。
「――そんでよぉ……って、うはっ!?」
「おおっ!? びびった! ……なんだ、委員長かよ」
現れたのは二人の男子生徒だ。
教室には誰もいないと思い込んでいたのだろう、佇む人影に二人揃ってビクリと身を竦ませるも、遅れてその正体に気付き、ゆっくり歩み寄っていく。
「あなたたち……ハァ」
「おい、人の顔見るなり溜息とかひどくね? つか、辛気くせえ! どうした?」
「先生に無理難題でも吹っかけられたか? 俺らでよけりゃ話くらい聞くぜ?」
と、口々に言いつつ、男子二人は少女が座る机の端と前の席にそれぞれ腰掛けた。
端から見れば、ずかずかと馴れ馴れしい態度に思える。
しかし、三人はクラスメイトであり、昔から気が置けない幼馴染の仲でもある。
少女は特に咎める風でもなく、軽く顔を上げた。
「そうね。うん、聞いてくれる? ……今日って、ほら、雛祭りじゃない?」
「そうだったか?」
「そうだよ、男にはあんま関係ないけどな」
「ひなまつり……女子だけ集まって階段みてえなとこに人形飾って呑めや歌えや」
「まー、だいたい合ってんわ」
出だしから話の腰を折られ、少女は僅かに眉をしかめつつ話を再開する。
「ううん、普通はそうだけど、この辺りだと川にお人形を流す習わしになってるの。学校の裏手にある神社で流してくれるのよ。家からお人形を持っていってもいいし、その場で紙人形を作ってもらってもいいんだけど」
「へー、なんかもったいなくね?」
「それは私もちょっと思う。でも、いろいろな悪いものをお人形に肩代わりさせて、川に流すことで厄払いしましょうっていう風習だから」
「んで、その雛祭りがどうしたってのよう」
そうチャラチャラした少年に続きを促された少女の表情が見る見る翳ってゆく。
「実は……私、今日、学校にお人形を持ってきてたの。帰りに神社へ寄るつもりで。だけど、ついさっき、気付いたら、それが……」
「「それが?」」
「どこにも無いのよ」
明かりも点けられていない暗い教室の中でも分かるほど顔を青ざめさせて言う。
「う、家に忘れてきたとかじゃねえの? それか校内のどっかに置いてきたか」
「……まさか、誰かに盗られたなんてことはねえよな」
雰囲気に呑まれたような少年たちの問いには答えず、少女は机の上に置かれていた大きめの巾着バッグを開く。微かに震える手で、ゆっくりと、丁寧に。
中から現れたのは、いかにも人形が収められていそうな桐箱だった……が。
「なんだよ、それ?」
「いや、ど、どうしたら、そんな風になるわけ?」
バッグの口が開くのに合わせ、周りにボロボロと木屑が撒き散らされていく。
桐箱の蓋――天板には不格好な丸い穴が空いていることが見て取れる。
しっかりと縛られた黒い真田紐を避け、蓋側面に張られた紙の封はそのままに。
「……ねえ、どう思う? この穴、まるで中から削られて出来たみたいじゃない?」
――ゴクリ。
「箱に入っていたのがどんな人形なのかは私も分からないの。夕べ、遅くに届いて、送り主はうちの母さんの遠縁らしいけど、朝になっても連絡は付かなかったみたい。気味が悪いし、そのまま送り返そうかとも思ったのよ? だけど、送り状には今日の流し雛に出してほしいってあったから……それなら手間は変わらないもの。むしろ、ホントに悪いものなんだったら流しちゃった方がいいかも、とか」
もう声までも震わせながら、少女は前にいる二人の少年へ向かって話し続ける。
「帰りのホームルームまではこうじゃなかった。そう、しっかりと重さがあったの。なのに、いつの間にか軽くなってて、おかしいなって見てみたら、こんな……え?」
そのとき、ふと、真正面に目を向けてしまう。
「……うそ」
「お、お、おい。どうしたんだよ」
「バカ、そこで急に話をやめんなって……」
少女は真正面――少年たちの背後を凝視し、ガチガチと歯を鳴らし始めていた。
いやいや……と、左右にゆっくり頭を振る。
必死で何かを言おうとするも叶わず、立ち上がって彼らへ手を伸ばすも能わず。
そして、最後に大きく息を吸い込み。
「二人とも逃げて!」
叫んだ。
最後まで読んでくださって有り難うございます。
続きはあなたのご想像のままに……。