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3 少女とおばけ


これは何か起きそうだ。

 そう思ったユウキも、少女たちについていくことにした。




 山の道。幾つもの荷物を抱え、少女は苦悶の表情を浮かべていた。


「うう⋯」


 ユウキは、何もしてやれない己の無力さに歯噛みした。


 ユウキたちが今いるのは、ミディムの町から馬車で四時間ほどの距離にある、ドドン山岳という場所だ。


 ミディムの町では、人気の狩場として知られているらしい。


 山岳に着くなりキザールたちは各々の荷物を少女に押し付けようとした。


 傍目にも特に重そうなのは野営道具が詰め込まれた大きな背嚢だった。

 こんな大荷物を子供に持たせるのか。ユウキは眉を顰めた。


 少女は荷物の量に困惑の色を隠せない。

 そんな彼女にキザールはもっともらしい台詞を吐き捨てた。


「これも冒険者が通る道だぞ」


 それを聞いた少女は渋々といった様子で、荷物を担いだ。


 ユウキは一連のやり取りを見て、苛立ちと憐憫の念を抱いた。

 従わなくてもいいのに。しかし、少女にも何か思うところがあるのだろう。


 哀れだな。そう思った時、ふと少女が振り返り、こちらを見た気がした。


 しかし、すぐに荷を背負い直し、前を向いた。


 少女は、重い足取りでキザールたちの後を追う。


「何が冒険者が通る道、だよ」

 ユウキは、少女の後ろ姿を見ながら悪態をついた。


 山道を歩いていると、何度か魔物と遭遇した。


 緑豊かなこの場所には、虫系の魔物が多かった。

 拳大のアリ。人の子ほどのカマキリ。同じくらいの大きさの蝶。得体の知れない幼虫。


 前世のユウキなら、これらを見ただけで卒倒していただろう。

 ユウキだけではない。

 ルーシィもジンもナユキも、皆虫が苦手で、遭遇する度に悲鳴を上げて逃げ回っていた。


 今では、懐かしい思い出だ。


 目の前の少女は平然として、興味深そうに観察している。


 虫以外にも、可愛らしいウサギや鹿、時にはゴブリンも現れた。


 少女は魔獣と遭遇する度に「わっ」やら「ひゃっ」とやら小さく声を上げていた。

 その反応から察するに、あまり魔物と出くわした経験がないのだろう。


 よくもまあ、そんな状態で冒険者組合に仕事をせがめたものだ。ユウキは苦笑した。


 ちなみに、少女は戦闘に参加できないため、離れた場所で見学している。


 魔物が現れる度に、キザールたちは果敢に飛び込んでいく。


 手慣れた動きと連携で、魔物を屠っていく。

 その姿に、ユウキは感嘆の声を漏らした。

「おお」


「おおっ」

 可愛らしい声が聞こえたような気がした。


 戦闘が終わると、ユウキは自然と拍手を送っていた。

 ユウキの近くで、小さな拍手の音が聞こえる。


「?」

 何か違和感を覚える。拍手をしながら、違和感の正体を探る。


 視線を向けると、隣に少女がいた。こちらを見ながら拍手を送っている。

 ユウキは一瞬固まり、ぎこちなく手を叩く。


「⋯⋯え?」


 呆然とするユウキに、少女は小さく微笑んだ。


 思わず、何これ、君、え?と困惑していると「おーい」とキザールが少女を呼んだ。


「片付けてくれぇ」


 言われた少女はすぐに表情を変えキザールの元へ駆け寄る。


 キザールたちが倒した魔物の死骸に近づくと少女は荷物から鋭利な道具を取り出し、作業に取り掛かる。


 不慣れな手つきで、ぐちゃぐちゃと音を立てながら少女は顔を顰める。


 嫌な仕事をやらされているな。その光景を眺めていると、魔物の死骸から灰色の靄が立ち昇っていくのが見えた。


 少女にも見えたらしく、ユウキと少女は、靄の行方をなんとなく見つめた。


「おい、嬢ちゃん手が止まってるぞ」


 戦闘を終え、小休憩を挟んでいたキザールの仲間が、小言を言う。

「ごめん」

 少女は、作業に意識を戻した。

 手を赤黒く染めながら、魔物の体内から取り出した魔石を荷物にしまい込む。


 少女の作業が終わると、キザールたちは「行くぞ」と告げ、歩き始めた。


 少女は、再び重い荷物を背負い、嘆息する。そして、のしのしと重い足取りでキザールたちの後を追った。


 本当に哀れだ。ユウキは苦いものを感じてしまう。


 そして、ふと気づく。


「てか、あの子。僕と目合ってたよね」



 日が暮れ、空は薄暗くなっていた。

 一行は手際よく野営の準備を始める。


 少女はキザールの指示に従い、たどたどしくも楽しそうに手伝いをする。


 一方、キザールたちは慣れた手つきで、あっという間に準備を終えていく。


 ユウキはルーシィたちと野営をした時のことを思い出していた。

 ジンとナユキにテントの設営を任せ、ルーシィと一緒に水汲みや火種集めをした。


 料理は女性陣が担当し、その間、ジンと木剣で稽古をする。いつもの結果は十戦一勝。誰が九敗したかは伏せておく。


 稽古の後に口にする女性陣が作ってくれた料理は、本当に美味しかった。懐かしい記憶だ。


 思い出に浸っていると、いつの間にか少女たちは焚き火を囲んで食事を始めていた。


 狩った鹿の肉を焼いた、簡単な料理だ。


「ああ、肉食べたい」


 ユウキが心の声を漏らすのをよそに一行は美味しそうに肉を頬張っている。


 特に少女は誰よりも美味しそうに食べていた。

 その姿を見ていると、思わず頬が緩んでしまう。


 鹿肉を頬張る少女と目が合った。

 肉で口元が隠れていたが、笑った気がした。


 ●


 食事が終わり片付けが終わる頃には、辺りはすっかり暗くなっていた。パチパチと音を立てて燃える残り火が、辺りをぼんやりと照らしている。少女は、欠伸をしながら眠たそうに目を擦っていた。


「もう我慢できねぇっス」


 ヘイボンがそう呟いた。

 一体何を我慢しているのだろうか。

 その言葉に、キザールとテライが下品な笑いを浮かべた。


「お前はいつもそうだな」


 嫌な予感がする。ユウキに緊張が走る。まさか、この子に⋯⋯?


「何が?」

 あどけなく首を傾げた少女。

 その時、キザールたちが立ち上がった。


 テライが少女の後ろに回り、羽交い締めにした。少女が驚くのをよそに、キザールは少女の口を手で塞ぎ「こういうことだ」と、もう片方の手で服の上から体の線を触り始めた。


 その後ろでは、ヘイボンがベルトを緩めている。


 ⋯⋯は?は?は?は?


 今起きている出来事に思考が止まってしまいそうになる。


 自分の身に迫る危険を悟ったのか、少女は悶える。


「んっ、んんん!」

 しかし、その抵抗は小さく虚しい。ユウキは、ただ立ち尽くすことしかできない。

 歪む少女の表情。虫が鳴いたような呻き声。


 ユウキの頭の中が、真っ白になっていく。


 その時、か細く思えた少女の声がユウキを震わせた。


 ハッとした。キザールが少女の服の中に手を入れようとしている。鈍く甲高い呻き声が、胸に突き刺さる。


 そして、今更ながら気づいた。少女の視線が、ユウキに釘付けになっていることに。


「助けて!」


 少女の叫びがユウキの心に響いた。そんな気がした。そして、ユウキの中で何かが爆発した。


「ごめんね。今、助ける」


 ユウキは、少女の服の中に手を入れようとしたキザールの手を掴み、肘を反対方向に曲げた。少女をキザールから引き剥がす。

 キザールは、目を剥き出し絶叫する。

 やってしまった。もう後には引けない。

 突然のことに、少女を羽交い締めにしていたテライが少女から離れて身構える。


「キザール!何が起きた!?」


 羽交い締めから解放された少女を見てテライが叫ぶ。


「お前か!?お前がやったんだな!?」

 テライが少女に敵意を向けた。


 ユウキは、テライに体当たりをして押し倒し、近くにあったテライの得物で胸元を刺した。


 初めての殺人に、その感触に、ユウキは顔を強張らせる。


 テライの体から白い靄が立ち昇った。

 咄嗟に、これを放置してはいけないと思ったユウキは、その靄を掴んだ。その瞬間、靄は消失し、ユウキの中で何かが満たされた。


 振り返ると、少女が目を見開いて息を呑んでいた。


 若干心が痛むが、やったからには最後までやり遂げることを決めた。


 キザールは、悲鳴を上げて走り出した。

 ヘイボンも逃げようとするが脱ぎかけのズボンが脚に引っかかり転んだ。


 ユウキはヘイボンに近づき脚を掴んだ。悲鳴を無視して、ヘイボンを引きずりながら逃げるキザールを追う。


 ヘイボンは地面に指を立てて抵抗しながら、必死に命乞いをする。


「許してくれ!許してください!俺が悪かった!許してください!ああああ!」

 キザールの姿が近づく。


 ユウキは、煩いヘイボンを近くにあった木に何度も叩きつけ、殺した。



「ああ!死にたくない!」



 ユウキがキザールの最期を見たのは、突然のことだった。


 泣き言が聞こえた直後、影から三、四メートルほどもある獣が現れた。

 狼のようだった。


 キザールは突然現れたその獣の大きな口に呑み込まれたのだ。


 自分の手で殺めるつもりだったのに、最後は肩透かしを食らったようだ。


 しかし、何はともあれ少女を助けるという目的は達成した。


 ユウキは、汚い咀嚼音を背に、急いで少女のもとへ戻った。


 少女はへたり込んで呆然とユウキを見つめていた。


 何度も荒い呼吸を繰り返す姿に、ユウキは居た堪れない気持ちになる。


 ふと、思う。僕は、この子の願いを叶えた。けれど、あのやり方でよかったのだろうか。


 別の解決を望んでいたのではないだろうか。

 そう思うと胸が締め付けられる。


 何も声をかけられず、少女が落ち着くのを待った。


 やがて、震える声で少女が話しかけてきた。

「あ、あなた、の、名前⋯は?」

 ユウキは素直に「ユウキだよ」と答えた。少女は「そう」と応えると言った。


「わたしの名前はリン。⋯助けてくれて、ありがとう」


 ●


 ユウキとリンは、夜空を駆けていた。

 夜の山中は危険すぎる。視界は狭く、魔物は活性化する。それに、腕の中にいるリンはあまりにもか弱い。


 先程の出来事で、心身ともに疲れ切っているだろう。


 ユウキは、おせっかいだと思いつつも、幽霊である自分の能力を活かし、リンを運ぶことを提案した。


 傍から見れば、小さな女の子が宙を横座りに滑るように移動している奇妙な光景だろう。


 実際は、ユウキがリンをお姫様抱っこしているだけなのだが。幸い、今は誰も見ていない。


 ユウキには、リンに聞きたいことがたくさんあった。


「なんで、冒険者になろうと思ったの?」

「わたしには、やりたいことがあるから」

「やりたいこと?聞かせてくれる?」

 ユウキの問いに、リンは表情を歪めた。

「わたしの故郷が⋯」


 苦しそうに告げるリンを見て、ユウキは察した。


 何があったかは分からないが、彼女の様子から、故郷に大きな傷跡でも出来たのだろう。


 復讐?そんな線だろうか?こんな幼い子が?


「ぶん殴りたい人でもいるの?」

 ユウキの言葉にリンは険しい顔で「⋯うん」と答えた。


「わたし、殺したい人がいるの」


 ─なんて物騒な⋯。

 ユウキは口を尖らせる。


「酷なことを言うけど、やめなよ。今日の自分を覚えてる?」

 リンは渋い顔をした。

「君みたいな幼い子が、そんなこと―」

「本当に28歳なの!」


 地雷を踏んだらしい。ユウキは面食らいながら「そ、そう⋯」と答える。


 リンをよく見ると、風に揺れる白い髪、普通の人間より少し尖った耳。

 ああ。と納得する。

 リンは、普通の人より寿命の長いエルフだったのだ。


 ユウキは言い方を変えてみた。

「君みたいな、か弱い女の子が、そういうことやめた方がいいと思うよ」

 するとリンは小さな鼻に皺を寄せた。


「あなたも、受付のおばさんみたいに、見た目で決めつけるの!?」


 また地雷を踏んだらしい。

「い、いやあ。うん、そうなるんだけど⋯」

 ユウキがたじろいでいると、リンは恐ろしいほど睨みつけてきた。


 ユウキは顔を引きつらせながら言う。

「そういうことは、他の強い人に任せる。もしくは、時間が解決してくれるよ」

 君みたいな子は、守られて平穏に毎日を過ごすのがいい。そう付け加えたら、リンは口調を荒げた。


「さっきから!さっきから!君みたいな子!君みたいな子って!⋯そんなんじゃ、ダメなの!」

 次第にリンは目を潤ませ、「もう!降ろして!」とジタバタし始めた。


「危ない!危ないって!」

 リンが落ちないように、ユウキは必死に彼女の動きを抑える。


「そんなんじゃ⋯」

 リンは目を潤ませる。

 そんなんじゃユウキも泣きそうだ。


 腕の中で拗ねるリンを見て、ユウキは根負けした。なんだか放っておけない。そんな気持ちが湧き上がってきた。


 ユウキは「はあ」と息を吐き、「わかった」と呟いた。

 目を逸らすもユウキの一言にリンは眉をぴくりと動かす。


 ふと、リンが笑った光景を思い出す。怒ったり泣いたりしている顔より、笑っている方がずっと可愛い。きっと根は良い子なんだろう。あの子のように。


「君の、その、目的に僕も付き合わせてよ」


 ユウキの心変わりに、リンは訝しげにユウキを見た。


「どうして?」と言いたげだ。案の定、そう聞かれた。


 なんて答えようか。それっぽいことを言おう。ユウキは口を開く。


「ほら、見てごらんよ。僕の姿を」

「⋯おばけ」

「そう、おばけ。おばけって、すごく暇なんだよね。だから、暇なおばけは君についていくことにしたよ」


 リンは「⋯え?それだけで?」と目をぱちくりさせる。その姿に、ユウキは頬を緩めた。


「だから、よろしくね、リンちゃん」


 ユウキがそう告げると、リンは「⋯うん。よろしく」と返して、少し照れくさそうにユウキの名前を呼んだ。


「ユウキくん」

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