プロローグ
「終わりに、新入生の皆さんの、弊校での学園生活が充実したものになることを願って、式辞といたします」
役目を果たした学園理事長は穏やかな面持ちで降壇し、ひとつ空いていたパイプ椅子に座った。その直後、理事長式辞を終える司会の声が入り、次に新入生代表挨拶へ移ることをアナウンスした。
「新入生代表、泉宮六花」
「はい!」
軽快な返事のあとに壇上に現れたのは、新芽を連想させるような萌黄色のリボンを後ろ髪に纏わせた、いたいけな少女だった。
あれほどの競争倍率の頂点を勝ち取ったのがこんなに可憐な女子だったなんて。そう思ったが、彼女の凛々しい足運びや手元を見て、誰もが彼女がトップなんだと納得せざるをえない、そんな風格を漂わせているのを感じた。
「暖かな春の日差しに包まれ、私たち新入生は伝統と先駆を重んじる大鳥居学園の門をくぐりました」
その華奢な体からは想像もつかないほどしっかりとした口調で講堂にいる全員に挨拶を披露し始めた。
一瞬の隙も見せずに整然と話す姿はまさしく新入生代表と呼ぶにふさわしい、まるで学生のお手本のようだ。
だけど感覚でわかる、あれは彼女の素ではない。もちろん代表挨拶だから普段よりお堅く振舞っているという意味ではない。あの笑顔の裏にどれほど恐ろしい感情を抱いていることか。優越感、自尊心、そんな生ぬるいものじゃない。侮蔑、または並外れた自己愛ってところか。
壇上を見上げる俺たち新入生のことを定め、大したことないと内心嘲笑っていることだろう。
嫌いなタイプではないけど、気に食わない。できれば同じクラスは避けたいけどそもそも自分から関わらなければいいだけのこと。問題ないだろう。
傍から見れば登壇直後よりもいっそう煌めきを放った彼女が舞台から降り、よくわからない校歌を聞かされた後、閉式の辞を述べた司会は俺たちに校舎の多目的室へ移動するよう呼びかけた。
ぞろぞろと新入生たちが講堂の玄関口を跨ぎ、俺も前に倣うように外に出ると、ひんやりと爽やかな風が頬をかすめた。コンクリートを踏む感覚が、俺がここに存在していることを自覚させている。確かにここは現実だ。
(……俺、本当にもう高校生なんだ)
覚束ない制服の袖を握り締めながら高揚感や期待とは違う何かを胸に、校舎の入り口へと続く桜舞う道を進んだ。
ちょっと短めのプロローグです。