荒野を抜けた先~一匹の仲間~
あたりがすっかり暗くなり、月が出始めたころ、俺はあの広い荒野を抜けた先にあった森を彷徨っていた。
「あの広い荒野を抜けた次は夜の森か…………」
月明かりによって森が照らされているのであたりがよく見える。暗闇であたりが見えなくなることはなさそうなので、安心して進めそうだ。
森に入って数時間後、
「疲れた…………」
俺はその場に座り込んだ。
ずっと歩いているせいで、のどの渇きと空腹が頂点に達していた。
空腹はまだなんとか我慢できるが、問題は水だ。
「辺りに川とかない………か?」
俺はあたりを見渡してみる。しかし、あるのは草と木だけだ。
疲労で頭が回らない。もう体を動かせない。その時、
『…っち……』
何かが聞こえた。
声がした方向を見ると、そこには、青く光って浮いている何かがいた。
『こっち……』
それは森の奥へと消えていった。俺は声に従い、ふらふらと森の奥へと足を踏み入れた。
すると目の前には
「川だ……!」
川が流れていた。
俺は川に近づき、水を手ですくって何度ものどに流し込んだ。
「……ぷはぁ!! うまい!!」
水を飲み、喉が生き返った俺はお礼を言おうとあたりを見まわした。
しかし、俺をここまで連れてきてくれた青い光はもうなかった。
「ここまで連れてきてくれてありがとう!!」
俺は空に向かってお礼を言った。すると俺の周りに青い光がいくつも集まってきた。
あたりを見回すと、川に青い光がいくつも浮かんでいる。この川はこいつらの住処か何かだろうか。
一つの青い光が俺の近くに寄ってきて、俺の肩に乗った。俺は気になって「鑑定」(正確には「情報開示」だが、長いので「鑑定」と呼ぶことにした)を使ってみた。
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固有名:低級精霊(水)
精霊名:水星の妖
概要
水星の力を微弱ながらも受け継いで生まれた低級の精霊。夜に月が当たる、きれいな川の一つに集まるとされている。
この精霊が集まっている川は、飲むとのどの渇きだけでなく疲労をも打ち消す効果があり一種の浄化作用も含められている。しかし、朝になり精霊が川を離れるとその効果は消えてしまう。
魔力:A
魔力伝導性:D
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なるほど。
俺が鑑定結果を見終わると同時に、肩に乗っていた精霊はどこかへ飛んで行ってしまった。
つまりこの精霊たちの力によって、川の水が特別になっているのか。
たまたまこの川に集まってくれていて本当に助かった。
いったん、ここで休憩しよう。
………腹減ったなぁ。
「何か食えるものないかな……」
そう言って俺はあたりを探索するために歩き出した。
……数十分後……
「これだけあれば今日と明日は持つだろ」
俺は、川から少し離れた森の奥で木の実がたくさんなっているのを見つけ、ひとまずポケットがいっぱいになるほど持ち帰ってきた。
ちなみにちゃんと「鑑定」で、全て食べられることは確認済みだ。
「いっただっきまーす」
俺は、ヒョウタンの形をした黄緑と水色の色の実(タンプクの実というらしい)を口に放り込んだ。
「……! うまい!」
嚙んだ瞬間、口の中にシュワッ! と甘い液体が弾け、喉にパチパチとした刺激が伝わってくる。
炭酸のジュースみたいだが、しっかりとお腹が満たされていく感覚があるので、俺は無我夢中でタンプクの実を食べていた。
しばらくした後、
「ふー……お腹いっぱいだ」
まだいくつか余っているが明日歩きながら食べるとして、俺は上着のポケットに残りのタンプクの実をしまった。
「どうしようか……」
疲れたので寝たいが、さすがに今寝るのは無理がある。
火もないし、安心して眠れる環境とは言えない。
どうしようか考えていると、俺の後ろから、カサカサと何かが歩いてくる音がした。
俺はとっさに立ち上がり、音の鳴ったほうを見た。
出てきたのは、狼だった。
犬よりひとまわり大きく、茶色い毛並みに鋭い爪。しかし、何やら様子がおかしい。
よく見ると、狼は後ろ足を怪我していた。そして傷口からは、なにやら紫色の液体が垂れてきている。
俺は「鑑定」を発動させた。
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固有名:岩魔狼
種族:狼
魔力:B
魔力伝導性:B
症状:毒、傷
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ん?
鑑定でみられる情報が明らかに少ないな……
いや、今はこの狼だ。
この狼の様子がおかしいのは「毒」の効果か……?
「グルルルルル……!」
オオカミは俺が近づくと威嚇してきたが、すぐに倒れてしまった。
「毒を抜かないと……!」
しかし、俺にはそんな知識もないし、力もない。どうしようか焦っていると、周りに精霊たちが集まってきた。
「頼む……! このオオカミを助けてやってくれ!」
俺は精霊たちにそう願った。だが、精霊たちは俺の言葉に反応してくれない。
すると、ひと際大きな光を放つ精霊が、俺のもとへ近寄ってきた。
『ごめんなさい……私たちにはこの毒は抜けない。』
その精霊は言葉を放った。
「どういうことだ……?」
『この毒は魔力毒……魔力伝導性が高いものに移ってゆく特性があります……しかし、魔力伝導性がこの狼より低い私たちでは、毒を抜くことができない……』
なんだって!?
『そしてこの毒は……魔力の高いものほど効果が大きい……』
何とか助ける方法はないのか!! 毒を抜くことが出来れば……考えろ……!
(……川の水……精霊……石ころ……っそうだ!!)
俺はズボンのポケットから例の”石ころ”を取り出した。
そして、
「これに魔力を流してくれ!! 少しでいいんだ!! 頼む!」
精霊に向かってそう叫んだ。
精霊は困惑した口調で言った。
『そんなもので何ができるというのです……』
俺は断言した
「このオオカミを……助けられる!」
精霊はその言葉に少しの間沈黙した。そして、
『その言葉、信じます……』
そういって、俺の石ころに魔力を流し込んだ。
俺はその石ころをオオカミの傷口に置いた。すると、石ころになにやら紫色のもやがまとわりつき、それと同時に、オオカミの顔色がよくなってき、傷口から毒の液体が垂れてくることは無くなった。
ひとまずこれで安心だな。
精霊は、俺に驚いた様子で質問した。
『一体……どうやって……?」
俺は答えた。
「この石ころの魔力伝導性なら、このオオカミを助けられると思って」
この石ころの魔力伝導性はSS。よくわからないががつまり魔力が伝わりやすいということだろう。
そこで俺は、オオカミの魔力よりも純度の高い精霊の魔力をこの石ころに流し込み、毒を吸わせたのだ。
正直、これは賭けだった。こんな石ころで本当に助けられるのかわからない。でも、一か八か、俺はこの石ころに賭けたのだ。そして、俺は賭けに勝った。
俺は石ころを木の枝で慎重にオオカミの足からどけ、川の水に浸した。
すると、石ころから出ていたモヤが消え、普通に触ってもなんともない。
この川の浄化作用のおかげだろう。
俺は石ころについた水をよくきって、ポケットに入れた。
「ほんと……石ころさまさまだな」
オオカミのところへ戻ると、精霊はオオカミの足に手をかざしていた。すると傷口がみるみるうちにふさがっていく。
『完全に治ったわけではありません。しばらくの間は動けないでしょう……』
俺は精霊に向かって礼を言った。
「ありがとう。あんたのおかげでこのオオカミを助けられた」
『礼を言われるほどのことはしていません……私はただ……手を貸したまでです……あなたも限界でしょう……ゆっくりと……休みなさい……』
精霊のその言葉が聞こえた瞬間、俺は強烈な眠気に襲われ、オオカミに寄りかかるようにして、眠りについた。